No.139 人間の価値は、どんな念子を発して生き抜いたかで決まる

◇人間は、精神エネルギーの放出体◇

人間の特徴は、その活発な精神活動にあります。感じたり、考えたり、願ったりした事を、絵に描いたり、物で作ったり、言葉に表したりします。他の動物に比べ、その創造性たるや格段に高いものがあります。

人間は、精神エネルギーの放出体です。人間から発せられる心のエネルギーには無限と言ってもいいほどの力があり、本連載では、分子、原子、素粒子に倣って、それを「念子」と呼んできました。

人間が心の動物である以上、日常の何気ない喜怒哀楽にも、微弱な念エネルギーが出ております。しかし、人生を賭けた本氣の志、あるいは生涯に一度有るか無いかというほどの無念や残念というレベルにならないと、この世に刻まれるほどの念子にはなりません。

どういう念子を出して生きていくか。これをもっと意識しましょう。人間の価値は、どんな念子を発して生き抜いたかで決まるのです。願いや志が大切にされる所以(ゆえん)が、そこにあります。

特に重要となるのが言葉です。念子が込められた言葉が言霊(コトダマ)です。それに基づく知行合一の行動が、世界と歴史を生成発展させるのです。まさにリーダーとは、強い念子を発し続ける人のことに他なりません。

◇同時に人間は、念子の吸収体◇

そして、同時に人間は、念子の吸収体でもあります。先人の志や無念に触れたとき、その人が会ったこともない過去の人物であっても、強い衝撃と共に見えない力が自分の中にどんどん入って来るのを感じることがあります。郷土の偉人のひたむきな生き方に共鳴したり、歴史上の人物の生き様に感動したりしたときの、背中をドンと押されるが如き強烈な体験です。

筆者であれば、15才の頃に叔父から勧められて読んだ本によって、吉田松陰(しょういん)先生と、その弟子である高杉晋作、久坂玄瑞(くさかげんずい)の生き方を知り、そのときから幕末志士たちの念子が入ってくるようになりました。

彼らの出身地である長州には、藩校の明倫館がありました。藩校は堅苦しい公の学校であり、すっかり形式化していました。授業は教科書の棒読みと暗記ばかりで少しも面白くない。生徒同士の話し合いも、軽々しい内容ばかりで中身がありませんでした。

列強の黒船がやって来るこの国難の時代に、一体我々青年は何をしたらいいのか。もっと激動期の生き方を教えて欲しい。そういう感受性が強くて枠にはまらない若者たちが、松陰のもとに続々と集まったのです。(続く)