No.141 未完成なところや不完全さは、実は伸び代(のびしろ)なり

◇念子にもレベルの違いがある◇

先に述べた通り、人間は念子の放出体であると同時に、その吸収体でもあります。念子を出したり受け入れたりしながら、全うされるのが人の一生です。

その際、注意すべきことがあります。それは素直な心の大切さです。曇り無き心でいないと、高レベルの念子を出せない(受け入れられない)ばかりか、低レベルの念子を発して(集めて)しまうことになってしまいます。

念子は良いものばかりと思われていたかも知れませんが、レベルの違いがあります。高いレベルの念子は真っ直ぐな性質を持ち、これを大和言葉ではナホヒ(直霊)といいます。

ナホは素直、直す、治るのナホで調和を、ヒは日や火のヒでエネルギーを表します。宇宙の中心から全宇宙に向かって、真っ直ぐ飛んでいったエネルギーの一つひとつ(超微粒子)がナホヒです。

そして、小宇宙と言われる人間からもナホヒが出されます。思い遣りや助け合いの心。「喜ばれる喜び」に生き、人の役に立ちたくて仕方ないという奉仕の精神。調和や共生を心掛ける心根。これらを元にして放出、もしくは吸収される、真っ直ぐな念子がナホヒなのです。

◇マガツヒ(禍津霊)は曲がったエネルギー◇

これに対して低いレベルの念子は、邪念や悪念が元になっており、賢(さか)しらが強くて反ったり曲がったりしています。こちらはマガツヒ(禍津霊)といい、曲がったエネルギーのことです。

余裕(器量)が乏しいため、少しのことに引っかかって邪推し、悪意に受け取ってしまうような状態。囚われの心や行き過ぎた否定観。自己中心的な我欲や、幼稚な自己顕示欲。はたまた妬みや怒りなど、マイナスの感情がベースになって発せられる、または集められてしまうエネルギー(超微粒子)がマガツヒです。

◇高レベルのナホ念子(ナホヒ)と、低レベルのマガ念子(マガツヒ)◇

大宇宙は、常に発展途上にあります。いくら発展しても未完成であり、まだまだその先があります。限り無く発展していけるということは、どこまでいっても(限界が無いという意味で)不完全な状態にあるということになります。

ここが肝腎ですが、未完成なところや不完全さは、実は伸び代(のびしろ)なのです。もしも宇宙が完全無欠であるならば、もう何もする必要がありません。人間の努力は要らないし、我々の存在自体が無意味ということになります。そうではないからこそ、努力のし甲斐があるというわけです。

光があれば闇もあるように、この世には高レベルのナホ念子(ナホヒ)があれば、低レベルのマガ念子(マガツヒ)もあります。問題は、如何にしてナホ念子を増やし、マガ念子を減らしていくかです。

元々ナホヒであったものが、何らかの事情で反り曲がってしまうとマガツヒになります。要は元に戻せばいいのであり、「禊ぎ祓ひ」はナホヒに再生させる一番の方法です。もうここで終わりという完成は無いものの、いや、だからこそ完全に向かって着実にナホ念子を多くしていくという努力が大事です。それが、宇宙の進化と人類の発展への道筋なのです。(続く)