No.144 いわゆる幽霊は、残留念子によって起こされる現象

◇お化けや悪霊は、全くの迷信ではない◇

念子を基に、お化け(悪霊)をどう解釈するかについて述べておきます。
結論から言うと、生きているときと同等の精神活動を行う、いわゆる「死後の霊魂」なるものは存在しないでしょう。

お化けに取り憑かれたとか、悪霊に祟られたなどと言いますが、「祟る」には、相手を見分けるための認識力や記憶力が必要になります。誰に対して、どんな理由で、どのくらい呪うのか。その思考と作用は、生命体同様の有機的・主体的存在でなれば実行不可能なはずです。

では、お化けや悪霊は全くの迷信かというと、決してそうではありません。
木々の揺れをお化けと見間違えたり、偶然の不運を悪霊の仕業と勘違いしたりするような場合は確かに迷信ですが、それらとは別に、マガツヒが作用することで人に何らかの変化が発生することがあります。曲がった念子を受け入れてしまい、その影響で心身に変調を来すといった現象です。

◇「祟り」とは、生きている者の中に入ってきたマガツヒが起こす作用◇

酷(ひど)く辛いことや悲しいことがあって精神的に落ち込み、激しく怒れることや憤ることが起こって緊張状態が続く。それが長引いて心身が過労状態に至りますと、低レベルの念子であるマガツヒに同調し易くなります。

マガツヒを沢山吸収すれば、やがて本当に体調を崩し、何らかの病状が現れることになるのです。悪いものが外から入ってきたことには違いないわけで、そのことをお化けや悪霊の仕業と言ってきたのはないでしょうか。

つまり、生きている者の中に入った念子(この場合マガツヒ)が起こす作用を、「祟り」とか「憑(つ)き」と言ってきたというわけです。慢性症状の場合、想像以上にマガツヒが働いていると思われます。

◇幽霊はマガツヒの仕業◇

幽霊を見たという話も、マガツヒの仕業でしょう。この世に無念の思いを残して死んだ人の念子に同調すると、その念子を活性化させてしまって一種の“再現状態”が起こります。データに残されていた情報(念子)を画像に再現したようなもので、それが幽霊を見たという現象なのです。

幽霊は見える人にしか見えません。もしも有機的・主体的な存在として実在するならば、一定の構造を有することになりますから誰にでも見えるはずです。同調した人にだけ見えるというのは、まさに念子の働きです。

マガツヒは、放っておかないほうがいいでしょう。マガツヒは、禊ぎ祓ひでナホヒに戻ります。水で清めるのが禊ぎ、空気(風)で清めるのが祓いです。戦争や災害、大きな事故が起こった現場などは、特に禊ぎ祓ひによる供養が必要となります。(続く)