No.145 講義中に起こる、何かに導かれて喋らされているという感覚

◇念子が集まると「念子体」になる◇

人にはそれぞれ、その人を守っている「目に見えない力」があるという話があります。自分を助けてくれる“不可思議な存在”です。真偽は兎も角、「自分にも、そういう力があるのだろうか? あるとすれば、一体それはどういう力なのだろうか?」と、誰だって興味が湧くはずです。

目には見えないが、守ったり導いたりしてくれる力。宗教の世界では、特にそれを守護神や守護霊、指導霊などと呼んでいます。有名な古代ギリシアの大哲学者であったソクラテスには、ダイモンという守護霊が付いていて危険を警告してくれたのだそうです。

お化けや悪霊ばかりでなく、この守護霊や指導霊についても、念子で説明出来るものと思われます。

既に述べたように、自分の精神レベルを高めますと、それに応じてナホ念子がどんどん入ってきます。ナホ念子が集まって、ある段階に到達すると、「念子体」とでも言うべき群れ(むれ)となります。

念子体になれば、念子が個々バラバラの状態であったときの微細な力と違って、「一定の力」を現すことが可能となります。念子体はその力に応じ、対象となる人間に対して、実際に補ったり、守ったり、助けたりするようになると。
そういう現象を、守護霊とか指導霊などと呼んできたのではないかと思うのです。

◇自分の中に、もう一人の自分を持っている状態◇

注意点を一つ述べておきます。念子体は念子の集合体のことですが、念子を集めて念子体にレベルアップさせる主体は、常に生きている人間(自分)です。

あくまでもこちらの意識の持ちようによって、ナホ念子が集まったりマガ念子が寄ってきたりするのであり、集めるのは生きている人間の働きによります。人間を通さなければ、念子は作用せず、従って念子体にもならないというわけです。

人間が念子を集めるというのは、画家を目指すとレオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロ、ラファエロなどの念子が入ってくる、音楽家を志したらモーツアルトやベートーベン、ショパンらの念子が引き寄せられてくるというようなことです。

修練の積み重ねによって意識を高めていけば、やがて過去の天才たちの精神レベルに近付きます。彼らの芸術への情熱や、執念によって放たれた念子と、同調する段階に至ります。

そして、念子をどんどん引き寄せていくと、そこに念子体が生じることになるのです。素晴らしい素質があり、見事にそれを花開かせた者に対して、天才画家や天才音楽家の生まれ変わりであるとの称賛が寄せられるのは、そこに必ず念子と念子体が働いているからであると考えます。

どんな分野であれ、常人では不可能な神業を難なくこなし、高度な創造性を発揮しているような場合、本人が気付いているかどうかは別にして、何らかの念子体を宿しているのだろうと推察します。それは、自分の中に、もう一人の自分を持っているような状態でもあります。

筆者自身、講義をしながら「今、別の自分が話している」と感じることが実際にあります。講義する自分と、それを聞く自分がおり、何かに導かれて喋らされているという感覚がしばしば起こるのです。筆者に付いている念子体の仕業なのでしょう。(続く)