No.1 上にいる者から、もっとへりくだれ

◇よく出来た人間には、本当の強さがある◇

「よく出来た人間は、へりくだっている。それは、本当の強さがあるからだ」。
そう教えているのは、江戸時代中期にまとめられた武士道書の『葉隠』です(聞書第二)。武士道書だから、激しい内容ばかりかと思うと決してそうではありません。

語り部である山本常朝(つねとも)は、処世の細やかな心得から人間味溢れる話題に至るまで、縦横無尽に言葉を尽くしています。それを聞き役の田代陣基(つらもと)という、若い侍がまとめたのが『葉隠』です。

「よく出来た人間」というのは、一体どういう人なのでしょうか。人間が出来ているというのですから、信念のある人、本当の自信を持った人のことになります。バックボーンとなる軸があることで、ぶれたり浮ついたりしないし、背伸びしたり強がったりすることもありません。そういう重心の下がった人物ならば、いつもへりくだっていられるというわけです。

老子は、指導者がその「よく出来た人間」となり、謙虚さを忘れなければ、世の中はもっと平和になるはずと考えました。上にいる者こそ、もっとへりくだれと教えている第六十六章から、「老子流の柔らかな生き方」を学んでまいりましょう。

◇百谷の王◇

《老子・第六十六章》
「揚子江や大海が百谷の王である理由は、しっかりと下に位置しているからだ。それでよく百谷の王となっている。

そういうことから人の上に立とうと欲するならば、必ず言葉を謙虚にし、人の先を行こうと欲するならば、必ずその身を後(あと)にせねばならない。

そうなれば(道家の)聖人は、上にいても人民は重いと感じないし、前にいても人民にとって障害にならない。

だから天下は(聖人を)推すことを楽しんで厭わない。その争おうとしないが故に、天下は聖人と争うことがないのだ。」

※原文のキーワード
揚子江や大海…「江海」、理由…「所以」、しっかりと…「善」、下に位置…「下」、それで…「故」、そういうことから…「是以」、人の上に立つ…「上民」、言葉…「言」、謙虚…「下」、人の先を行く…「先民」、その身…「身」、そうなれば…「是以」、上にいる…「処上」、人民…「民」、重いと感じない…「不重」、前にいる…「処前」、障害…「害」、だから…「是以」、推すことを楽しむ…「楽推」、厭わない…「不厭」、争おうとしない…「不争」、聖人…「之」、ない…「莫」   (続く)