No.21 広まらない小さな会も必要

◇分かり易い会ばかりではいけない◇

さて、ここまで述べたことと矛盾するかも知れませんが、どんどん広がる会や、誰にでも分かり易い会ばかりではダメで、広まらない会も必要ということを申し添えておきます。専門家や通(つう)が対象のため、なかなか広がりを見せない会や、集まるのは玄人や達人が中心で、興味本位でやって来る者には敷居が高過ぎるといった会も必要なのです。

有り体に申せば、広がり易い会や分かり易い会は“一般人”が対象となっています。参加することをゴールに、余暇を利用して活動に参加し、仲間と触れ合うことを心から楽しむといった人たちの集まりです。

そこには誰でも気軽に出掛けられ、いつ休んでもいいし、途中で止めても構わないというのが普通です。厳しく道を求めるとか、他の事を捨て去って修練に励まねばならないというような緊張感は殆どありません。

◇気が付けば、そこに来る人は実力者揃いとなっている◇

広がりを見せない会といっても、中身はあり過ぎるくらいあるのです。でも、それが何なのかは、簡単には理解されません。理解されても、それを自分の中に取り込んで生かしてくれる人は少なく、そもそも初心者には、何をする会なのかよく分からないし、何をしたらいいのかも不明です。恐らく、孔子の集団や、老子の教えには、そういう不思議な雰囲気があったはずです。

でも、そういう会に辛抱強く参加し、己を鍛えた者の中から、自分で考え、自主的に動く人が出てきます。新しい世の中を創造する傑物や、何らかの分野の第一人者が育っていくのです。

小さな集まりだったのに、気が付けば、そこに来る人は実力者揃いとなっている。そんな不思議な会も、世の中の進化発展には不可欠なのではないでしょうか。

有名だからといって必ずしも中身があるとは言えず、無名の会や人の中にも、将来きっと評価される本物がいます。また、小さな会社や店にこそ、伝統を頑(かたく)なに守っている本物が存在しているわけで、だからこそ人間社会は面白いと言えます。(続く)