No.28 人間は基本的に抑圧を嫌う

◇法家流の刑罰政治を批判◇

では、法家流の刑罰政治を批判した、『老子』第七十二章を見ていきましょう。

《老子・第七十二章》
「人民が(為政者の)威光を畏れないと、最大の威力(である極刑)に至る。
(人民は)その住んでいる所に狎れ(なれ)親しむことがなく、その生業とする所に満足しなくなる。もっぱら(生業に)満足しないから、(圧政による奪い合いに)飽きないことになってしまうのだ。

こういうことから道家の聖人は、自分は明知であっても自分を示さず、自分を愛していても自分を持ち上げない。それで、彼(刑罰による圧政)を去って此(これ、無為の政治)を取るのである。」

※原文のキーワード
人民…「民」、威光…「威」、畏れない…「不畏」、最大の威力…「大威」、その住んでいる所…「其所居」、慣れ親しむことがない…「無狎」、その生業とする所…「其所生」、満足しない…「不厭」、もっぱら…「唯」、飽きない…「不厭」、こういうことから…「是以」、自分…「自」、明知…「知」、自分を示さず…「不自見」、自分を愛する…「自愛」、自分を持ち上げない…「不自貴」、それで…「故」、※「厭」には、飽きる、満足する、嫌がる、圧す、押す、抑えるなどの意味がある。

◇互いに疑い合い、訴え合うばかりの争奪社会や暗黒社会◇

人間は基本的に抑圧を嫌います。人民は為政者の威光に反発し、権威を畏れない態度を取ろうとするものです。でも「人民が(為政者の)威光を畏れないと」、為政者は人民による反乱や政府への攻撃を嫌って「最大の威力(である極刑)」を用いることになります。「最大の威力に至る」というのは、刑罰がエスカレートしていく様子を表しています。

そうなれば、「(人民は)その住んでいる所に狎れ(なれ)親しむことがなく、その生業とする所に満足しなく」なります。生まれ育った郷里への愛着や、生業としている仕事に充実感を味わえなくなってしまうのです。

そして「もっぱら(生業に)満足しないから、(圧政による奪い合いに)飽きないことになってしまうのだ」と。恐怖に満ちた刑罰政治では、人民は郷里で安心して生きられず、生業にも落ち着きません。家族や同僚であっても信じることが出来ませんから、互いに疑い合い、訴え合うばかりの争奪社会や暗黒社会となってしまいます。(続く)