No.34 天の道によって争わなくても勝つ

◇徳治、法治、そして天治◇

人徳を高めれば、人が人を導くことが出来、それによって社会は安定する。
それが、徳を尊ぶ儒家の考え方です。

法と罰によって人が人を裁くことで、世の中の秩序は維持される。
それが、法を重視する法家の見解です。

儒家の徳治と、法家の法治。これらは真反対の思想に見えますが、結局のところ、どちらも人が人を相手にしているという点では共通しております。

では、道家はどうなのかというと、人の上に天を想定しています。人が人を相手にするのではなく、天を相手にし、天と人が合一すべきことを教えているところに違いがあります。徳治や法治に対して、「天治」ということになるでしょう。

老子は述べます。「天の道は争わなくても上手く勝ち、言わなくても上手く応答し、呼ばなくても自然に招来し、緩やかでいて上手く謀られていく」と。

◇こちらに磁力があれば、「引き寄せ現象」が起こる◇

「天の道」は「人の道」に対する言葉で、天地自然の原理のことです。天理と言い換えても構いません。

天の道によって争わなくても勝つというのは、争いのための争いを超えることで、いつの間にか相手に勝ってしまうことです。敵を、自己成長のための味方に変えてしまうことでもあります。

言わなくても上手く応答が得られるというのは、言葉を超える力が生じている状態のことです。自然体から醸し出される氣の力によって、以心伝心、こちらの素直な思いが相手に伝わり、相手もそれに応じ、ちゃんと答えてくれます。

呼ばなくても自然に招くことが出来るというのは、人や物が必要に応じて集まってくる様子です。こちらに磁力があれば、「引き寄せ現象」が起こるのです。

ゆったりしていながら計画が立てられていくというのは、私意による人為の計らいに拘らないほうが、却って上手くいくことを意味しています。計画は勿論立てるのですが、融通の利かない「計画のための計画」に陥ったりしていません。柔軟な対処が可能な「生きた計画」になっているのです。

◇世間はきっと正しく反応してくれる◇

こうして本章は、天地自然の原理を生かせば、人も社会も、自ずとよくまとまるということを教えております。そして、これは刑罰を強行することに対する批判でもあります。

事実無根なのに疑われたようなときなどは、この教えを肝に銘じて、天を味方に付けるべきでしょう。置き換えれば、次のようになります。

こちらを貶めようとする相手の闘争心に合わせて、低レベルの争いなんてしなくても最後には勝つ。だから、目標を単に闘争に勝利する程度のところに置くのではなく、周囲に希望がもたらされる次元に高めたほうがいい。そうすれば、前向きのエネルギーが湧き出て来る。

また、相手の悪態に対してヒステリックに反撃しなくても、その実態を冷静に知らせれば、世間はきっと正しく反応してくれる。応援を得たいがために、上から命令するような動員はしなくても、必要な支援者はちゃんと集まり、動じることなく解決へ向けたビジョンが練り上げられていくと。(続く)