No.35 天罰のために張り巡らされている、目には見えない網がある

◇「天網」は悪人を捕らえて逃がさない◇

天地自然の原理を生かせば、人も社会も自ずとよく治まるとのことですが、その働きの一つが「天罰」です。何か悪いことをすれば、自然の報いや天の裁きによって必ず天罰が下る。だから、人為の刑罰はほどほどにして、処罰などという「し辛い事」は、天に任せればいいというのが老子の考え方です。

その天罰のために張り巡らされている、目に見え難い網があります。それが「天の網(天網)」です。「天網」は大きな網で目が粗く、気付かれないでいることも多いのですが、しっかりと悪人を捕らえて逃がしません。老子は「天の網は広くて大きく、目が粗いが取り損なうことはない」と言いました。

◇この世は、「因」があって「果」が導かれる◇

この世は、「因」があって「果」が導かれるように成り立っています。あらゆる物事には、それをそうさせる原因があります。十分な準備があれば成功の可能性が高まりますし、不十分ならば成果は現れ難くなります。中には少ない努力で成功することもあるでしょうが、それは、たまたま追い風(ブーム)が吹いたようなケースですから当てになりません。

そして、もしも悪を働けば、その因によって何らかの果を受けます。悪を犯したことに対して、たちまち報いを受ける場合と、すぐには何事も起こらない場合があるものの、長い目で見れば、どこかで「天の網」に引っ掛かるものです。

因が果を生むという働きが「天網」となって、いつかは天罰を受けることになるのです。これは単なる教訓ではなく、「天の法則」ともいうべきことでしょう。

政治が悪い場合も同じです。備えが不十分だと、天災に人災が加わって被害が甚大になります。対策が不十分という原因に対して、自然の報いとして厳しい損害が発生するのであり、これも因果の仕組みと言えます。(続く)