No.38 日本は礼の国、日本人は礼の国民

◇天治は、徳治・礼治・法治を包含している◇

徳治・礼治・法治を述べましたが、これらの上に老子の教える「天道による政治」、則ち「天治」があります。天治は徳治・礼治・法治を包含し、これら全体をカムナガラ(自然のまま)に包み込んでおります。(注:「天治」は筆者の造語)。

では、天治は、仁や義で治める徳治をどう包んでいるでしょうか。徳治は、こうあらねばならぬという規範精神が強く、そのままでは狭量となる傾向があります。天治は、その教条主義的な堅苦しさを緩和させてくれます。

その力は、愚や拙を大切にする道家の思想から生まれます。道家は、愚直に努力を重ねる者を馬鹿にしません。一所懸命努力しても稚拙で、なかなか上手く出来ない者を見下すこともありません。逆に、愚かで拙いとされていたものの中に眠っている、深い価値を見出してまいります。また、仕方なく道徳に外れる者を突き放したりしません。彼らを許し、受け入れる器量というものがあるのです。

考えてみれば、賢や功に焦る姿勢こそ、あらゆる対立や闘争の元であると言えます。自己中心的な賢者たちが功績を競うことによって、世の中全体が摩擦に巻き込まれていくのです。

背伸びして叩き合う生き方が、如何に醜いか。それを気付かせるのが老子の教えであり、愚(愚直)や拙(大巧)が、賢人や巧者の「人を凌ごうという心」を中和させてくれるというわけです。

◇西洋人は、日本人の礼に感嘆◇

次に、礼治に対してです。礼の本字は「禮」で、祭壇に上げたお供え物(示)が豊かである様子が礼(禮)です。お供え物は、神々や先祖を敬う気持ちを表したものですから、物に心を込めることが礼の本質となります。

礼は、簡素にして柔和な美しさを持っています。武道の礼も、茶道の礼も、無駄な動きがありません。達人になるほど余分な力が抜けてきて、その分、質朴な美しさが出てまいります。幕末期に日本にやって来た西洋人は、日本人の礼の丁寧さや優雅さに感嘆しました。それは武士も庶民も同様で、日本は礼の国、日本人は礼の国民だったのです。

礼は本来、お互いの心を通わせ、気持ち良く暮らすための社会の潤滑油です。生活に潤いが生まれてこそ、礼の本質に叶うことになります。

ところが、礼はしばしば形式化して、やがて心を伴わなくなります。規則やマニュアルで決められたお辞儀や挨拶を形の上でのみ行い、しかもそれを忘れると蔑まれてしまうというのでは、却ってギスギスした環境が作られるだけです。これでは「礼は無いほうがいい」という、否定的な意見が出てきてしまうのも当然でしょう。

◇禅や茶道も達人になると、武士は斬ろうにも斬り込めない◇

そうならないために天治が示しているキーワードが、道家の「柔」です。柔は「柔弱」の柔で、柔らかさや優しさのことです。柔弱さが、硬直化した礼に、和みとしなやかさを吹き込むのです。

しかも、柔弱は強さの元ともなります。柔弱の代表は水ですが、どれほど堅い岩石も、一点に水滴が繰り返し落ち続ければ、やがて大きな穴を開けることになります。礼もこれと同じで、穏やかな姿勢や柔らかい挨拶が、どんなに頑固な人の心をも開かせていくのです。

禅や茶道では、その道の達人になると、武士が斬ろうにも斬り込めなかったという話があります。その所作のどこにも剛強なところが無く、水の流れる如く柔和にして、隙(すき)というものが見当たりません。武士は、斬ろうと思うほど焦ってしまって何も出来なかったのです。こういうことを「柔は能く剛を制す」(三略)といい、天治が礼治を含む所以です。(続く)