No.43 自然に生えてきた植物には、水遣りが不要

◇しゃしゃり出る社長に、嫌気が差して辞めていった社員◇

老子は「無為を為す」ことを尊びました。「無為」は為さないということですが、本当に何も為さないのかというとそうではありません。積極的に「為さないことを為す」のです。回りくどくて分かり難いかも知れませんが、その真意とするところを受け止めて下さい。

ある会社の例ですが、社長は実に活動的で、大きな方針からその日の業務に至るまで、何でも自分で決めていました。お得意先からの電話も直接自分が話さないと気がすまず、工場内を回っては社員に細かい注意を与えていきます。その熱心さと仕事に対する誠実さは、その会社の中心軸であると同時に基盤そのものであり、まさに会社は社長で持っていました。

ところが社員たちは、社長の指示を待つことに慣れてしまったのです。長年に渡って、自分の頭で考えなくていい状態に置かれ続けたため、物事を判断する力が養われませんでした。言われるまで動けない者たちばかりが揃ってしまい、幹部社員がなかなか育たないという問題が起きていたのです。

おそらく社員の中には幹部に向いた者もいたはずですが、あれこれ細かい事に口を出され、二言目には「どけっ、俺がやる」と言ってしゃしゃり出てくる社長に、次第に嫌気が差していきました。そうして、最後には「ここにいたのでは、自分はこれ以上伸びない」という思いに至って辞めていったのです。

◇敢えて放っておき、相手が困らない限り余分な事はしない◇

老子は言いました。「人民を治め難いのは、支配者が作為するからだ。それで治め難くなる」と。「作為」とは、こちらの都合で不自然に手を加え、無理して働きかける行為のことです。しゃしゃり出る社長の仕事ぶりも、一つの作為でした。

作為による弊害は、会社ばかりでなく国家も同様です。中央が地方を無理矢理制御しようとしたり、政府が国民に干渉し過ぎたりするようでは、国民の自立力が養われません。指導者に、力で抑えたいという作為がある内は、本当に意味で国民を治められないのです。

そうではなく、敢えて放っておき、相手が困らない限り余分な事はしない。見守ってはいるが、簡単に手を貸さない。そういう姿勢を、老子は政治においても理想としました。

徳川時代の政治などを見ると、いつも上からの圧力が厳しかったように思えるかも知れませんが、体制が安定して文治政治に移行してからは、庶民には随分自由な生活(旅行や物見遊山など)が認められておりました。また、地域の統治は各藩に任され、豊かな地方文化が育まれました。今よりも作為の少ない政治であったわけで、だから江戸時代の庶民は“地上の楽園”で幸福そうに生きていられたのです(幕末期にやって来た西欧人の感想)。

中東の対立や混乱などは、西欧によって作為的な国境線が敷かれたことが、大きな理由になっております。紛争を鎮めようとして大国が介入すれば、ますます混迷を深めることになるのであり、これも作為による弊害です。

◇自然の働きによって生ずるものを大切にする◇

庭の植物ですが、自然に生えたものほど、手入れが少なくてすみます。京都にある研修所の坪庭は、まさに一坪くらいの広さしかなく、日当たりが悪くて岩と石だけの庭でした。少し緑を入れようとして木の苗を植えてみても、たちまち枯れてしまってダメでした。

ところが、2年くらいしてシダが自然に生えてきました。水は遣っておりませんが、だんだん大きくなってきて岩とよく調和するようになりました。自然に生えてきた植物には、水遣りが不要なのです。

このシダのような自然の働きによって生ずるものを大切にし、その生命力を損ねないよう生かしていく。それが「無為を為す」ということの意味ではないかと思っています。(続く)