No.44 一般に権力者ほど、生に執着する

◇一度掴んだ利益や立場に執着し、手放すまい、失うまいとする◇

続いて老子は「人民が死を軽んずるのは、支配者の生への欲求が厚いからだ。それで死を軽んずることになる。生に作為しないことは、生を貴ぶよりも優れている」と語ります。

上に立つ者の生への欲求が強いほど、民衆は死を軽んずることになる。不老不死などを追求して、あれこれ作為しないほうがいい。それは、生を尊ぶよりも優れているという意味です。

「生への欲求」とは何でしょうか。あらゆる欲望を実らせ、物的に成功し、羽振り良く派手に生きたい。金を儲けて、人から羨ましがられる豪華な生活がしたい。名誉や権力を手に入れて、世の中を自分の思うように動かしたい、などということでしょう。

それらを為し遂げますと、一度掴んだ利益や立場に執着し、手放すまい、失うまいとして囚われの心に覆われることになってまいります。人を見れば、自分の地位を狙っているのではないか、貶(おとし)めようとしているのではないかと疑い深くなり、容易に人を信じなくなります。そういう醜い姿が「生への欲求」から起こっていくというわけです。

◇不老不死の霊薬を求めた始皇帝◇

一般に権力者ほど、生にしがみついてまいります。老いたくない、病に冒されたくない、死にたくないという不安感に襲われるのです。それらの不安感は誰にでもあることですが、守るべきものを沢山手に入れた者ほど執着心が強まります。

中国最初の皇帝である秦の始皇帝は、不老不死の霊薬を求めて、徐福を東方に送りました。日本にも各地に徐福伝説があります。徐福は中国には戻りませんでしたが、始皇帝は常に不老不死の秘薬を飲んでおり、その中に毒である水銀が含まれていたといいます。

支配者が自分のことばかり心配するようになると、民衆の生活は殆ど顧みられなくなり、その苦しみを見て見ぬふりされ、一方で圧政と過干渉によって自由を奪われ、重税をかけられて稼ぎを搾り取られていくのです。概ね社会秩序の衰退期から終末期にかけて、そういう傾向が強くなっていきます。

生きることそのものに疲れ切った民衆は、死を軽んじて死に急ぐしかなくなります。我が子に飲ませる乳すら出ない、家族の病苦を前に何も為す術がないという惨状が、歴史には繰り返し起こってきました。(続く)