No.56 開いたエレベーターのすぐ前に、松下幸之助翁が立っていらした

◇「何で早くそれを言わんのだ」◇

恥辱や不幸の他、人の嫌がることに心配事があります。経営者なら、何でも溶かし込んでしまう水のように、どんな心配事をも受け入れてしまわねばなりません。それが社長の役割であるということを、松下幸之助翁の教えとして先にも触れましたが、もう少し詳しく紹介しておきましょう。

心配とは、重要な社内情報に他なりません。それが上がってこなければ、「知らぬは社長ばかりなり」となってしまいます。何か問題が起きてから、「何で早くそれを言わんのだ」と叱ったところで後の祭りです。

そこで経営者は、朝礼などで「何かあったら、すぐに俺のところへ言って来るように」と訓話します。そして、それを何度かやれば、もう意思疎通は大丈夫だと思ってしまいます。

果たしてそうでしょうか。立場の下の者が上の者に意見するというのは、想像以上に大変なことです。しかも、社員から社長に物申すとなると、相当勇気の要ることとなります。「何か心配があったら、いつでも来い」と言われただけで、本当に相談に来る社員は一握りだと考えておくべきです。

◇習慣化するには、やはり時間がかかる◇

では、どうすればいいのかというと、松下幸之助翁は「遠慮なく心配を持ってこい。というより、持ってこなくてはいかん」と機会ある毎に社員に話されたとのこと(松下幸之助著『人事万華鏡』PHP文庫25ページ)。何度か言って、もうそれでよしとするのではなく、事ある毎に繰り返されたのです。

聞いたということと分かったということ、分かったということと身に付いたということは、それぞれ全然違います。習慣化するには、やはり時間がかかります。機会を捉えては、継続的に伝えていく根気が肝腎なのです。

松下翁は工場視察の際、若い工員に気さくに声を掛け、仕事の様子を聞きました。私自身、食事のことから生活のことまで「心配はないか」と、松下翁から親身に尋ねられたことがありました。

◇目下の者に積極的に声を掛ける姿勢が器量となる◇

松下政経塾に在塾中(2年目)のことですが、松下電器産業株式会社の東京支社ビル一階で、偶然松下翁と出会ったのです。その頃筆者は、東京支社ビル内に事務所を構えている財団(神道大系編纂会)に研修出向しておりました。

その日、昼飯を上の階で食べてから一階に降りました。すると、開いたエレベーターのすぐ前に松下翁が立っていらしたのです(支社ビルは大きな建物で、エレベーターだけで確か4機ありました)。

私は「あっ、塾長!」と、思わず声を出しました。松下翁は、笑顔で応えて下さいました。私は財団の事務所に戻りましたが、秘書課から電話があり、すぐに役員室に来るようにとのこと。贅沢なことに、筆者と松下翁の二人きりです。一時間ほど差し向かいで、お話を伺うことが出来ました。

そして、「ご飯は食べているか。塾生(松下政経塾)たちは仲良くやっているか。何か心配はないか。君の研修は進んでいるか」などと親身になって聞いて下さいました。

この、目下の者に積極的に声を掛けるという姿勢が、松下翁の器量となったのです。人間と情報を入れる器を大きく持ち、それによって的確な判断を下し、先手の対応が可能になったものと思われます。(続く)