No.58 経営者の仕事は、曲芸の皿回しのようなもの

◇心配することに生き甲斐を感じられるかどうか◇

心配を背負うのは、社長ばかりでなく幹部も同じです。

松下翁は「一つの会社の中では社長が一番心配が多くなければならない。そこにまた社長の生き甲斐がある。それと同じように、百人の人がいる部であれば、その百人の中では一番心配が多いのが部長である。また十人の課であれば十人の中で課長が一番心配が多いということでなくてはならないだろう」(同26ページ)と言われました。

そして、心配が起こったときに「そこに自分の生き甲斐があるんだということが、多少とも感じられるかどうか。そういうものが全く感じられない、「もうこれはかなわん」というのであれば、厳しいようだが、その人はそうした部長なり、課長の職責にふさわしくない人だといえよう」と諭されました(同27ページ)。

心配を忌み嫌っていたらリーダーは務まりません。心配があるのは自分が必要とされている証拠であり、それを解決し、困難を乗り越えていくところに生き甲斐があると思えるかどうかです。

◇心配が無いと言う経営者くらい心配な経営者はいない◇

希にですが、「私には何の心配も無い」と言い切る経営者がいます。素晴らしい経営を実践されているが故に、本当に心配が無いのであれば実に素晴らしいことです。ところが、鈍感なために心配を見落としているとすると大問題です。「心配が無いと言う経営者くらい心配な経営者はいない」ということになるでしょう。

人事、経理、仕入れ、営業、広告宣伝、開発、教育、将来ビジョンなど、多方面に心配しなければならない経営者の仕事は、曲芸の皿回しのようなものです。8枚の皿を回すとすれば、8枚全部に気を配らなくてはなりません。

ふらついてきた皿をそのままにしておけば、たちまち落としてしまいます。皿を支えている棒をくるくるっと回して勢いを付けるのですが、一枚を救っている内に、今度は別の皿がぐらぐらしてきます。

結局、常にどれかの皿が心配な状態にあるのです。全ての皿が良く回っていて、どれも心配無しという時間は殆どありません。もしも全部の皿が大丈夫という状態が続いていれば、やがて一斉にふらつくときがやって来るものです。常にどれかを心配しているというくらいが、気を張っていられて丁度いいということでしょう。(続く)