No.66 努力はこちら、栄誉はあちら

◇マスコミにとっては、一人で二度オイシイ◇

ところで、無名の人間がマスコミに採り上げられる場合、まずその人の活躍を美談として報道します。やがて名前が周知されると、今度は何かの問題をネタに叩く場合があります。マスコミにとっては、一人で二度オイシイというわけです。

世間の毀誉褒貶(誉めたり貶したり)は週刊誌記事のようにいい加減なもので、表面的な現象だけ見て、あれこれ言われることが殆どです。人間というものは、人の活躍に感動・感激する一方で、人の悪口を言ったり聞いたりすることが本当に好きです。

自分は特に怨みを買うような事はしていない。でも世間は冷たい視線を送ってくる。そういうことが誰にでも起こり得ますが、こちらが努力して成果を上げているという事実に対して、世間は常に嫉妬しているのです。

どうでもいい世間の評判に左右されないためには、世の中とはそういうものだという達観が必要でしょう。そして、無理に偉くなろうとしたり、肩肘張って地位や名誉を手に入れようとしたりしないことです。余分な力は抜き、無為の生き方に従い、わざわざ怨みを買わず、いちいち怨んだりしないという無我楽天の姿勢が求められます。

◇自分の都合のみで動かないこと…◇

勿論、やるべき事はやるし、成果も出していきます。そのとき、努力はこちら、栄誉はあちらで構わないという器量が欲しいのです。

表観の強い人が相手のときは、名誉職にご就任頂くなどして、面子を立てておくというのも、怨みを買わない方法の一つです。名称は重々しいが権限は無い。それを名誉職といいますが、それで喜んで貰えるなら結構なことです。

あるいは、「仕切り気」の強い人に式典などのご挨拶をお願いし、それを満たして頂くのも配慮です。お願いすると話が長くて困るという場合は、乾杯の発声をお願いするなどして、話が短くなるよう工夫すればいいでしょう。

それが、人間関係を円滑に保つための知恵です。道家の聖人なら、そういうことが出来るはずです。

兎に角、自分の都合のみで動かないこと、目先の欲得に囚われないこと、成果を焦って無理しないことなどが心得として大切です。(続く)