No.67 武士道書が教える、意見の仕方と注意点

◇ストレス解消や憂さ晴らしのために意見を言うようでは…◇

「大きな怨み」は、面子を潰されたり、仕切り気を損ねたりしたときに買ってしまうということを述べましたが、それに関連して、もう一つ挙げておかねばならないことがあります。それは言葉の問題です。「言葉こそ怨みを買う元になる」ということを知っておかねばなりません。

特に留意すべきは忠告であり、武士道書の『葉隠』には、人に意見する場合の心得として、次のような注意事項が示されています(聞書第一、意訳筆者)。

「人に意見をして欠点を直すのは大切なことで、思い遣りに基づく一番の仕事と言えよう。しかし、意見の仕方には、大いに苦労する。

相手の善いところや悪いところを見つけるのは簡単なことだ。それへ意見するのも容易(たやす)い。大体は、人が好まない言い難いことを言うのが親切だと思い込み、相手がそれを受け入れなければ、自分の力が及ばなかったと諦めてしまう。

それでは何の役にも立たないばかりか、相手に恥をかかせ、悪口を言ったのと同じことになる。自分の憂さ晴らしに言っただけのことではないのか」と。

人に意見したいと思っている人と、人から忠告を受けたいと思っている人を比べれば、圧倒的に前者が多く、後者は滅多にいないものです。誰かをつかまえては上からものを言ってやろうと思っている人が、そこいら中を徘徊しているのだから大変です。しかも、その殆どが、ストレス解消や憂さ晴らしで終わっているというのです。そのままでは逆恨みを受けることになる他ありません。

◇まず相手が聞ける状態にあるかどうかを見極めよ◇

『葉隠』は、覚悟と本氣の生き方を求めている武士道書でありますが、同時に細やかな気配りを促すことも忘れていません。思い遣りに欠けた、がさつな荒武者で構わないというわけではないのです。『葉隠』の続きを見てまいりましょう。

「意見というものは、まず相手が聞ける状態にあるかどうかを見極め、魂を込めて伝えねばならない。だがそれ以前に、こちらの言葉を平素から信じて貰えるよう努力しておくことが基本だ。

そして、相手の好む話によって気持ちを引き入れ、言い方もいろいろ工夫し、タイミングを考え、手紙を出すときや別れの挨拶のときなどに合わせ、我が身の失敗談を話すなどして、それ以上言わなくても思い当たるようにするのがいい。また、最初に相手の長所を誉め、気分が上向くよう努力し、渇いた喉に水を飲むときのように受け入れさせ、欠点を直していくのが意見の手順なのだ。

だから、本当にやり難いものである。それに、欠点というものは昔からの癖であるから、大体は直らないと思っておいたほうがいい。我が身を振り返れば、よく分かるはずだ。

お互い普段から心を込めて注意し合い、曲(くせ)を直し、一つの気持ち、同じ心となって主君のために役立つのであれば、ご奉公であり大慈悲ともなる。それなのに、相手に恥を与えていて、どうして欠点が直ると言えるのだろうか」。(続く)