No.79 お祭りのときは、理屈抜きに自分の町が一番

◇人々は死ぬまで自分のムラやクニから離れない!?◇

「隣国を互いに望み、鶏や犬の声が互いに聞こえる(くらい近い)が、人民は老死に至るまで互いに往来しない」。これが第八十章の締め括りの言葉です。

隣り合う国は、互いに相手の国の人々の生活がよく見える。鶏や犬など、家で飼っている動物の声が、隣の国に聞こえるくらい近いと。なのに、人々は死ぬまで自分のムラやクニから離れず、往来もしない。そういう社会が理想だというのです。

しかし、いくら何でも、お互い小国同士なのに、隣国と全然交流しないというのは閉鎖的過ぎます。人間は動物であり、根を張ったところから動けない植物とは違います。未開の地に足を運んで冒険したり、見知らぬ遠国に出掛けて交易したりするのが、好奇心に満ちた人間らしい生き方なのに、人を一カ所に縛り付けるとは何事かという批判を頂くに違いありません。

◇老子の言葉は象徴的◇

老子の言葉は象徴的であり、読むときは、その真意を捉える感性が必要になります。この第八十章最後の言葉もそうで、この言葉によって老子が言いたかったことは、「人間にとって自分の故郷が最も居心地のいい場所であり、そこに幸福の基盤がある」ということだと思います。

勿論出身地は、誰にとっても温かい心の故郷というわけではありません。生まれ育った土地に嫌悪感を持ち、つい余所(よそ)に目が向く。自国を卑下し、他国に憧れるといった否定的感情は誰にでも起こり得ることです。

それでも、結局「我が町」が一番であり、よくよく振り返ってみれば、故郷に「自分の原点が存在していた」という気付きがあるものです。

◇自尊意識が育つと、明るく元氣で、誇り高く生きていける子が育つ◇

筆者の生まれ育った静岡県浜松市には、各町が競い合う「浜松祭り」があります。昼間は大凧による糸切り合戦、夜は若衆の激練りで激突し、御殿屋台もなかなか豪勢です。各町は、それぞれ揃いの法被で一体感を高めており、祭りになると“自分の町ナショナリズム”が浜松中を覆うようになります。

子供の頃の経験ですが、祭りが近付くと、どの町に住んでいるか、則ちどの町で祭りに出るかが問われるようになります。普段は同じ教室の生徒で仲良く遊んでいたのに、祭りが迫ると、その緊張感が学校にも及び、授業の合間の休み時間などは同じ町の生徒で集まって、他町に負けまいと気勢を上げたものです。

お祭りのときは、理屈抜きに自分の町が一番。その精神は、やがて遠州地方(静岡県西部地方)の中では浜松が一番で、日本の中では遠州地方が最も好き。さらに、世界の中では日本が最高であるというように広がっていきます。

そういう自尊意識が育つと、明るく元氣で、誇り高く生きていける子が育つのです。この素直な愛郷心の必要性を前提に、老子は「人民は老死に至るまで互いに往来しない」と言ったのではないでしょうか。「往来しない」というのは、我が町・我が故郷から心がブレないことを意味していると思うわけです。(続く)