No.81 人は神性と動物性の中間に生きている

◇人類は、相争うために誕生したのだろうか◇

人は神性と動物性の中間に生きています。仲間を蹴落として自分だけ生き残ろうとし、隣り合う国同士で戦争をして覇を競い合うのは動物性の現れです。

歴史は戦争の記録であるとも言われるくらい、人類は闘争を繰り返してきました。では、人間は永遠に争い合うために誕生したのでしょうか。社会や国家は、闘争するためにのみ形成されるものなのでしょうか。

そもそも、人は一人では生きられません。一人では何も出来ないからこそ、群れを起こし、ムラやクニなどの共同体が生まれたのです。互いに殺し合うために、知的生命体である人類が登場したのでは決してないはずです。

ムラは集落の基本で、クニ(民族共同体)はムラの集合体として、民族形成の基本単位となります。クニは人が幸福に暮らすための基盤であり、互いに相手のクニを尊敬し合うことが大切です。地球上には沢山のクニが存在し、その集まりが最終的に「地球人類体」(文明法則史学の祖・村山節先生の造語)となるのですから、全てのクニが必要にして欠くべからざる存在なのです。

◇やがて人類の意識に次元上昇が起こる◇

個人もムラもクニも自立が基本です。クニ(民族共同体)も自治を基本とします。他を侵さず、他から侵されず、自立共生によって地球人類体が進化発展するのであり、それを老子は小国寡民と呼んだのでした。

今はまだ略奪闘争型の覇道文明が世界を覆っていますが、やがて人類の意識に次元上昇が起こるでしょう。そのとき、新しい文明の原理に、老子の思想が大いに生かされることになるに違いありません。

人間には、闘争本能と和合本能があります。ホルモンの作用でいうと、テストステロンが攻撃性や闘争心を高め、オキシントンが愛情や平和の心を導きます。何事もバランスが必要であり、闘争心から来る成長の意欲を損ねることなく、如何にして和合共生へと精神レベルを進化させるかが問われます。老子の教えは、その答を出すために用意されていたと言えるでしょう。(続く)