No.14 三種の神器(天照大御神が示された、誠と慈愛と正義の心)

不思議(ふしぎ)と思うほど尊(とうと)いことは、神代(かみよ)の太古に、天照大御神が孫のニニギの尊に三種の神器(さんしゅのじんぎ)という宝物を授けたことです。ヤタ鏡とヤサカニの曲玉(まがたま)とクサナギの剣(つるぎ)がそれで、これらは大御神のご精神を表しています。

ヤタ鏡は、公明正大である太陽の象徴(しょうちょう)です。鏡は一切(いっさい)を映(うつ)します。好きな人はしっかり映すが、嫌いな人は知らぬふり、などという差別(さべつ)がありません。私心(ししん)がなく、あらゆる物を受け入れて映します。

鏡には、大宇宙のような広大さがあります。すべての人間を養ってくれる、天地のような深い慈愛(じあい、慈悲と愛情)があるのです。

すなわち、いろいろな出来事(できごと)に対応するときや世の中をまとめるときに、自分中心・自国中心に終わることなく、広く人類を慈しむようにしようという心得(こころえ)が鏡に込められているのです。

先に、天照大御神の天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅(しんちょく、神様のお言葉)を紹介しました。天壌は天地(あめつち)、無窮は終わりのないことでした。

天照大御神は、鏡についてもご神勅を出されています。
「我が子よ、この宝の鏡を見るときは、私を見ていると思いなさい。
鏡と床(ゆか)や御殿(ごてん)を同じにし、お祭りの鏡としなさい」。

日夜(にちや)大御神の御心(みこころ)を我が心として、公明正大に国を治めるよう諭(さと)されたわけです。

こうして、宝鏡は公明正大な誠(まこと)を、宝玉は愛情や真心(まごころ)を、宝剣は正義と勇気表しております。

林英臣の補足:ヤタ鏡のヤタはヤアタの略です。ヤアタのヤは多いようす、アタは掌(たなごころ、手の平)を意味します。ヤアタは八当てであり、掌を何度も当てて測らねばならないくらい大きくて立派な鏡がヤタ鏡です。

天照大御神は、このヤタ鏡を同じ床、同じ御殿に鏡を置いて神々を祭るよう命じました。何でもありのままに映してしまう鏡のように、いつも誠の心を持ち、うそ偽(いつわ)りのない素直な心を保つよう戒められたのです。
鏡を身近に置くことで、いつも大御神に見守っていただけるようになったことは言うまでもありません。

三種の神器が表している精神は、人間の基本的精神でもあります。鏡は、うそ偽りがなく、互いに信じ合える誠の心。玉は、円満で分け隔てのない慈愛の心。剣は、悪を許さない正義の心です。これらの心の大切さを、天照大御神が子孫に教えたのでした。

物にも心を認め、物を粗末(そまつ)にすると勿体(もったい)ないと感じるのが日本人の心です。太古の日本人は、鏡と玉と剣に意味を見出(みいだ)しました。金属器である鏡や剣は中国伝来ですが、それらが持つ尊い精神(せいしん)を明らかにしたのは日本人だったのです。(続く)