No.16 国民と平和主義(平和の建設者となろう)

大日本主義が平和主義であることは、ここまでの説明で明らかになったと思います。そうであれば、すべての日本人が平和主義に立たねばなりません。

神様のお言葉であるご神勅や、三種の神器に込められた誠・慈愛・正義の精神を大切にすることは、天皇陛下お一人の責務(責任のある任務)ではありません。
私たち国民すべてが、それぞれ与えられた役割によって、その実行者、平和の建設者とならねばなりません。

とても多い神々のことを、八百万(やおよろず)の神々といいます。八百万の神々は、神代の昔にだけ存在したわけではありません。私たちは、今日(こんにち)の八百万の神々そのものであり、天照大御神の分神(ぶんしん)でもあります。

神代(かみよ)の昔、八百万の神々が天照大御神のご方針を助けました。
それと同じ精神で、国民全体が神意(大御神のご意志)を受け止め、一致協力しましょう。皇室を中心に物事に取り組み、世の中に対応しようではありませんか。

もしも日本人でありながら大日本主義者でなく、平和の建設者でないならば、もはや日本人ではなく、日本精神の消滅(しょうめつ)した非日本人となります。理由は、闘争(闘って争うこと)や破壊に生きる者だからです。

闘争には必ず勝敗があります。敗れるのは不幸なことですが、勝っても永遠の幸福は得られません。

ところが最近は、闘争こそ幸福を得る手段だと考える者が少なくありません。
闘争思想は近年の世界的思潮(しちょう、思想の潮流)となってきましたが、それは明らかな誤りです。

林英臣の補足:天皇陛下は、いつも国民の幸福を願って下さいます。その慈愛に応(こた)えられるよう、陛下に喜んで頂くにはどうしたらいいのか、心配をかけないためにはどうしたらいいのかを考えてみましょう。(続く)