No.24 富豪や権力者が、国民に対しておごり高ぶっていないかどうか

このように、共産思想的な政治や生活は、我が国では昔から存在していました。それは、自然に起こった美しい風習だったです。

しかし、外国から入ってきた共産思想は、似ているようでいて全然違います。どうして共産思想が生まれたのかという理由が別なのです。

ロシアのように貴族が富を独占し、国民が弾圧政治に苦しめられている国ならば、共産思想が起こるのは当然です。抑圧された不自由な社会に暮らしていたロシア人が、共産主義革命を念願するのも分かります。

もしも本当に、共産主義が理想とする「身分の違いも貧富の差もない平和な社会」が来れば、最高に素晴らしいことです。すべての人々が互いに信じ合い、親しみ合うことができれば、共産思想は美しい風習を育てることでしょう。

でも、ただ制度を作るだけではだめです。そこに、まごころや思いやり、助け合いや譲り合いの精神が伴っていなければ、共産思想は実現不可能な空想となってしまいます。名誉や利益にとらわれることのない気高い(けだかい)精神が、どうしても必要なのです。

一体となって仲良くできる精神の気高さがあるときの、美しい風習の例を述べます。一つの家族において、親子が仲良くしていれば、親の物は子供が使ってもかまわない共有物となります。夫婦が仲むつまじければ、夫の物は妻が管理する物となります。ところが、親子や夫婦が対立してしまうと、一銭(一円)一物(いちぶつ)まで区別され、共産思想的な生活は少しも行われなくなってしまいます。

この道理を無視したまま、権力と制度でもって無理矢理(むりやり)共産主義の実現を目指しているロシアのやり方は本当に愚かです。労働者も農民も、決して幸せにはなれません。すでにロシア革命の理想がつまずいているというのも当然です。

我々としては、どうしてロシアが愚かな革命を起こしてしまったのかという原因をよく考えて、日本がそうならないための戒めとしなければなりません。日本の現状を見て、共産主義革命の種がまかれたり芽が出てきたりしていないかどうか、日本の富豪や権力者が国民に対しておごり高ぶっていないかどうかを、しっかり反省するべきでしょう。

すなわち、真の共産思想ならば、少しも心配いりません。建国以来、我が国に一貫している思想だからです。注意したいのは、形だけあって一体感のない共産思想です。人類の意識を退歩(たいほ、低くしてしまうこと)させてしまうような思想ではいけないというわけです。(続く)