No.28 相手の地位や身分に囚(とら)われない

慈愛(慈しんで愛すること)

昔から慈愛に富んだ聖者(せいじゃ、偉大な精神的指導者)は沢山(たくさん)いました。慈愛とは、深い愛情で人々を慈(いつく)しむことです。でも、愛情を持ち続けるのは、なかなか大変です。慈愛の永続性において、太陽に及ぶものは他にありません。聖者であっても、太陽には敵(かな)わないのです。

太陽はあらゆる物に生命を与え、生々発育(せいせいはついく)させます。
さらに病気のときには、その光と熱でもって治療し、癒(いや)すことまで司(つかさど)っています。

我々も常に、太陽のような豊かな慈愛を持ちたいものです。そうすれば、すべての人々に潤いを与え、多くの人々の悩みを癒すことができるでしょう。そう思うと、太陽は本当に慈愛のお手本です。

公平(同じように扱い、偏っていないこと)

また、太陽ほど公平なものはありません。相手の地位や身分が、高くても低くても気にしません。富者であるか貧者であるかも関係ありません。王冠をかぶっていようが、ぼろ布をまとっていようがお構いなしです。人間と動物の区別もしません。気に入った者だけ可愛がるようなことはしないで、美しい料理の上にも犬の糞(ふん)の上にも、一切(いっさい)差別なく光を降り注いでくれます。

だから、誰も太陽に対して不平を訴えることがありません。誰もがその深い恵みを仰ぎ見ることになります。

我々は、つい不公平な行いをしてしまうことがあります。誰に対しても公平でいることは、なかなか難しいことです。しかし、依怙贔屓(えこひいき、好きな者だけ特別扱いすること)してしまう感情を心の中から抜き去ることができたなら、その人は万人から仰ぎ慕われることになるでしょう。

人種や職業、地位や身分で差別し、特定の人を苦しめたり蔑(さげす)んだりするのは、人として明らかに間違った行為(こうい)です。大変醜(みにく)いことであり、哀(あわ)れな生き方でもあります。

一人ひとりが、社会に悪を起こさせないための責任者です。まず自分から公平な人間となるよう注意し、平等な精神に立たねばなりません。

もしも不公平の心が起こってきたら、直(ただ)ちに太陽の公平の精神を思い出しましょう。太陽をお手本にすれば間違いがなくなります。太陽は最高の「公平の神」なのです。(続く)