No.34 欲を出して要求するから怨みが起こる

太陽は、生命の源(みなもと)となる光と熱を、あらゆるものに与えています。
それなのに、御礼(おれい)を求めたりしません。人間は、雨が降ったときに傘(かさ)を貸しただけでも、相手から御礼を言って貰わないと不満を感じてしまいます。なんという醜(みにく)い心でしょうか。

怨(うら)みというものは、求める心によって生じます。期待していたのに裏切られたというときに、怨恨(えんこん、うらみ)が起こるのです。
そうであれば、要求心さえ持たなければ、怨恨は全然起きないということになります。

ところが人間は、これだけ務めたのだから、このくらいは報酬(仕事に対して受け取るお金)をもらって当然だと考えます。少なくとも仕事をした分だけはもらおう、できればそれ以上に受け取ろうと欲を出し、権利(けんり、自分が持っている要求する資格)を行使(こうし、実際に使うこと)し、ぶつかり合いに至ります。そうして、不平不満(ふへいふまん)は呪(のろ)いともなって、対立と闘争が起こっていくわけです。

要するに、すべての人々が、それぞれ「まだ自分の義務(正義の務め)の努力が足りない」と気が付いて、太陽のように義務を貫いて生きていけば、幸福は必ず実現されるはずです。

人間にとって大切な道義や道徳を考えますと、太陽は神(目に見えない尊い存在)が示したお手本であることに気付かされます。このことを深く思い、私欲を離れて心を素直にし、常に太陽を見習って生きたならば、ついに明徳(めいとく、正しくて優れている徳性)を発揮できるようになるでしょう。
(続く)