No.39 団子哲学(だんごてつがく、一つの存在は、多くの協力で成り立っている)

今から述べることは、光りの原理の応用だと思って下さい。

米の粉(こ)が「俺は団子(だんご)の本体だ。この俺がいなければ、決して団子はできない」と威張(いば)っていたとします。そこで、米の粉をそのまま3年置いたままにしたらどうなるでしょうか。そのまま自然に団子に変わるということはありえません。

団子になるために必要なことは、まず水との協力です。米の粉を水で溶(と)きます。

でも、米の粉と水が出会っただけでは、まだ団子にはなりません。そのまま放置したら、腐ってしまいます。米の粉と水を、よく混ぜ合わせねばならないのですが、それには人の手が必要です。お母さんの手で、それをよく捏(こ)ね、丸くまとめることで団子になるのです。

では、もうそれで食べられるかというと、まだダメです。さらに鍋(なべ)の力を借りて、ゆでなければなりません。どんなにお母さんの手がじょうぶでも、手を鍋の代わりにして、下から火を付けるというわけにはいきません。
それから、鍋に入れる水も、火を付けるためのマッチも、燃料となる薪(まき)も必要です。

こうして、米の粉、米の粉を溶くための水、人の手、鍋、鍋に入れる水、マッチ、薪の7品が、それぞれの能力を発揮(はっき)して協力し合ったときに、はじめて美味しい団子が完成するのです。これらの、どの一つが欠けても団子にはなりません。

考えてみれば、すべてがそうなのです。一つの存在には、必ず数種類の、天下一品(てんかいっぴん、世界に一つしかないというくらい優れている品のこと)の優れた物が集まっており、その組み合わせで成り立っているのです。

これを団子哲学といいます。団子ばかりでなく、味噌(みそ)や漬け物のタクアン(沢庵)を造るときも同じです。そこには、味噌哲学やタクアン哲学があります。この哲学を私たちの日常に応用すれば、きっと丸い団子のように、いつも円満でいられるようになるでしょう。

林英臣の補足:団子哲学の補足として、「一致協力(いっちきょうりょく)3カ条」を述べておきます。

一致して協力し合える関係をつくるためには、第一に「舞台が同じ」であることが必要です。団子を造りたいのか、味噌を造りたいのかという、目指すところが同じでないと協力関係は生まれません。

第二の条件は「個性や持ち味は別」であるということです。団子製造の7品のように、個性や持ち味が違っていてこそ、それぞれの特性が生かされて、助け合うことが可能になります。

そして、第三に「メンバーの力量と本氣度(ほんきど)が近い」ということが求められます。米の粉は天下一品だが水が腐っている、鍋は一級品だが火が弱い、というようではうまくいきません。すべてが一流であってこそ、天下一品が完成するのです。

野球に置き換えるなら、甲子園を目指すのか、運動不足解消程度の草野球でいいのかいうように、目的や目標によって全然違うチームになります。
メンバーには、投手の才能がある人、捕手にふさわしい人、打順の1番や2番に向く人、クリーンナップがつとまる人など、いろいろな個性が集まることでチームが編成されます。また、選手の能力と意識がそろっていないと、バラバラになって目指すところに向かえなくなってしまいます。(続く)