No.43 どんな仕事も尊くて必要

9 職業尊重(仕事を尊ぶ)

◆どんな仕事も尊くて必要

すべての仕事が必要であり、この世に貴(とうと)い仕事も賤(いや)しい仕事もありません。そのことを「職業(しょくぎょう)に貴賤(きせん)なし」といい、子供でも知っていることです。

しかし、とても残念なことに、職業に貴賤の別が激しいのが日本国の現実です。それは、身分差別を定めた徳川時代の影響です。

でも、ずっと昔は、国民は皆(みな)平等でした。八百万(やおよろず)の神々に差別はなく、すべての神々が天の安河原(あめのやすかわら)に集って会議をしていました。

武家政治がおこって以来、とくに徳川時代の政治において、職業や身分が区別され、その上下や順序が定められてしまいました。士農工商(しのうこうしょう)という階級制度がそれで、そのために現在(大正時代頃)に続く、間違った国民意識がつくられてしまったのです。

とりわけ述べておかなければならないのが、同じ日本人なのに差別を受けてきた人々のことです。徳川の封建制度(ほうけんせいど、将軍が藩主に領国を与え、藩主は家臣にそれを分け与えて支配する制度)のもとにあって、厳しく職業が差別された結果、それぞれの仕事に従事する人々の人格にまで、貴賤を付けてしまうことになりました。

さらに、その血筋(ちすぢ(じ)、血のつながり)にまで悪く言うようになったのは、決して許してはならない間違いです。国内に存在する差別問題は、日本人としての誇りと一体感を大切にする大日本主義の立場から見ても、根本から一掃(いっそう、一度にすっかり払いのけること)せねばならない重大な問題です。

職業に貴賤や尊卑(尊さと卑しさ)の区別がないことは、すみずみに至るまで明らかなことです。人体に置き換えて説明するならば、口という職業も、胃という職業も、腸という職業も、肛門(こうもん、お尻の穴のこと)という職業も、あるいは肺という職業も、心臓という職業も、手という職業も、足という職業も、全部が必要とされる貴(とうと)い仕事です。そのどれかを賤しいものとして除いてしまえば、他の全部が仕事として行き詰まってしまうでしょう。

林英臣の補足:奈良時代に編纂(へんさん)された『万葉集』には、天皇から庶民に至るまで、立場をこえた作者の歌が集められました。国民が平等一体であったということが分かります。

差別問題は、部落(ぶらく)問題や同和(どうわ)問題のことです。徳川時代に賤民とされた人々への、結婚や就職などにおける差別が、地域によっては今なお続いています。同じ日本人同士の差別であり、あってはならない憤りに満ちた問題です。(続く)