No.46 修行が進むと、障害や邪魔が起こることがある

仏教の教典に、次のような教えがあります。

「仏教の修行を重ね、勉強が進むと、いろいろな障害(しょうがい)や邪魔(じゃま)が次々現れてくるものだ。それらに引きずられてしまってはいけないし、恐れて動けなくなるのもいけない。引きずられたら間違った道に迷い込むし、恐れたら正しい修養にならないからだ」(摩訶止観第五、まかしかんだいご)。

何かの修行や学問によって成長すると、それに従って、いろいろな問題が出てくることがあります。問題が起きて明るさを失えば、心が乱れてしまいます。
もしもうっかり障害や邪魔にさえぎられれば、志が消え、夢や希望を失ってしまいかねません。また、心配しすぎていたら正しさを養えなくなってしまいます。そうならないよう、しっかりと用心しなければなりません。

この用心は、世の中全体にも必要です。今、日本の思想界をながめてみますと、ある人は中身を考えないで、いきなり西洋文明を崇拝(すうはい)し、またある人は西洋から入ってきた思想を、まるで毛虫を嫌うかのように恐れています。
政府も国民も混乱し、どこへ向かったらいいのか分からなくなっております。
こういうときこそ、仏教のこの教えが参考になると思うのです。

つまり、西洋から入ってきた新しい思想を、不用心(ぶようじん)に鵜呑み(うのみ)にせず、口の中でよく噛(か)んでから飲み込むのです。あるいは、はじめから嫌ったり避けたりしないで、偏食(へんしょく)に注意すればいいのです。

ゴボウもいいし、人参(にんじん)もいい。牛肉もいいし、魚肉もいい。漬物のタクアンもいいし、梅干しもいい。何でも食べて消化吸収し健康増進(けんこうぞうしん)をはかるように、思想もいろいろ受け入れて、長所を取っては短所を捨て、国民の思想的健康の栄養にしましょう。

林英臣の補足:志を立てて自分の道を進んでいきますと、自己成長とともに、家族に理解されなくなったり、友人と話が合わなくなったりすることがあります。それが障害や邪魔になるのは、本当に残念なことです。

家族は心配してくれており、友人は善意から忠告してくれているのです。
そういうときは、ただ言い争いをしていてもうまくいきません。まず家族には感謝し、友人は尊敬の念を持ちましょう。そして、着実に努力を重ねて、自分という人間の成長をよく見てもらうのです。立派になったことが認められれば、自分の志や進む道に対する、よき理解者や応援者になってくれるはずです。
(続く)