No.47 まず呑み込み、良いものは吸収し、悪いものは出す

何か新しいものが入ってくるときに、手放しに喜ぶのも、恐れてばかりいるのも、どちらもいけないことです。あるいは、はじめから嫌ってしまうのも、一種(いっしゅ)の心の降伏(こうふく)です。

どうして?(の)み込まないのでしょうか。まず受け入れて、良いものは吸収して血や肉とし、悪いものは出してしまえばいいのです。

ただし、魂(たましい)の抜けた、はじめから全然日本国に合わないものは、入れるべきではありません。日本を壊すことになる思想は、国家にとって毒だからです。

食べ物の摂取(せっしゅ)であれば、食べ物そのものに善悪(ぜんあく、良いか悪いか)があると共に、胃袋(いぶくろ)の強弱(きょうじゃく、強いか弱いか)が問題となります。

それと同じで、思想の胃袋である「国民の信念」が、しっかりしているかどうかです。思想の胃袋とは、日本人であるということを大切にする大日本主義にほかなりません。それがしっかりしていれば、外国から入ってきた思想による混乱などは、朝日が昇る前の霜(しも)のようなもので、たちまち消えてしまうでしょう。

私たちの祖先は、インドの思想も、支那(しな、チャイナと同じで中国のこと)の思想も、よく受け入れて吸収し、日本民族の血や肉としてきました。

私たちも大日本主義に立って、太陽のように赤色も青色も生かせばいいのです。
赤色には赤色の特性(とくせい)を認めるが、全体を赤色にさせはしない。
青色には青色の長所を発揮(はっき)させるが、青色を越えるようなことは起こさせないと。

そうして、外来の思想に対して、迷うことも、溺(おぼ)れてしまうことも、恐れて心配することもなく、どっしりとしていればいいのです。冷静になって選べば大丈夫(だいじょうぶ)というわけです。

明治天皇(第122代)御製

よきをとりあしきをすてて外国(とつくに)に おとらぬ国となすよしもがな

(意味)良いものは取り、悪いものは捨てて、外国に劣らない国となる。
そうなっていける理由のある国なのになあ。

林英臣の解説:インドから日本に入ってきた思想に仏教があります。仏教には、現世(現実の世の中)を否定(ひてい)し、来世(次の人生や死後の世界)に救いを求める傾向がありました。この考え方は、現世を生き生きと楽しむことを尊ぶ日本人には、どうも合いません。そこで、思いやりの精神である仏教の慈悲の心を受け入れつつ、これを日本化し、現世を肯定(こうてい)する日本仏教に変えました。現実のこの世を救い、今生きている人々を救う思想に“進化”させたのです。

支那から伝えられた儒教という、正義と人徳を重んずる教えがあります。
どちらかというと儒学は、指導者になろうとする人たちが学んできました。
儒学を受け入れた我が国は、この思想を政治家などの指導者の学問に終わらせることなく、一般(いっぱん)の庶民(しょみん)に到るまで多くの人々が学びました。すべての国民を君子(くんし、立派な人のこと)に育てることを目的とする、日本儒学に進化させたのです。(続く)