No.48 だんだん仲良くなって、心に隔てがなくなる

11 抱擁渾一(ほうようこんいつ、大事に抱かれて一つに混じり合うようす)

宇宙を遍(あまね)く照らすほど、照り輝く神様が天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。日本は、大御神の光のもとに多くの人々が集まり、一つに混じり合って同化(どうか)した国です。そうして、日本民族が創造されました。そこに、日本民族が高い品位と明るさを備えている理由があります。

嫁(よめ)や婿(むこ)に来た最初は、嫁ぎ先や養子先の祖先を拝むことに、何となく違和感があります。でも、だんだん仲良くなって心に隔(へだ)てがなくなりますと、いつの間(ま)にか相手の祖先を崇拝するようになります。
そして、とうとうと嫁ぎ先・養子先という意識が消えてしまい、その向上発展に一所懸命(いっしょけんめい)努力するようになるのです。これが抱擁同化(ほうようどうか、大事に抱(いだ)かれて一つになること)です。

明治43年(1910年)、我が国は韓国(大韓帝国)を併合(へいごう)しましたが、韓国の人々は兄弟です。新しい兄弟ですから、日本人は韓国人に対して、大調和の心情に立たねばなりません。歴史に照らしても、我が日本民族は、支那(しな、チャイナと同じで中国のこと)や韓国の人々と仲良く交流してきたことは明らかです。

それは、太陽の七色が互いを認め合って一色となる、抱擁渾一(ほうようこんいつ)の精神そのものでした。

林英臣の補足:韓国併合後の1911年から1936年までの約25年間に、韓国は著しい成長を遂げました。「朝鮮総督府統計年報」によれば、農耕地面積は273万町歩(1911年)から450万町歩(1936年)に拡大。
それに伴い、人口は1383万人から2137万人に増えました。教育にも力を入れ、普通学校(小学校)は306校から2417校に増加します。

その間に、ソウル帝国大学が設立されています。鉄道を敷き、橋を架(か)けるなどの公共事業を行い、緑豊かになるよう植林も進めました。また、日本の皇室と韓国の王室は親戚関係になっています(梨本宮方子女王が韓国李王世子殿下に嫁ぐ)。日本は韓国を兄弟の国と考え、同等に発展するよう努力したのです。
しかし、他国の支配を受けることになった韓国人の中に、独立を失ったことへの反発が生じたことも確かでした。(続く)