No.56 水のないところに水の問題が、食べ物のないところに食の問題が起こる

第6章 民本主義(みんぽんしゅぎ、国民が根本という考え方)

現在の世界は、民本主義という思想で成り立っています。民本主義は、国民を根本とする考え方のことです。

社会に新しく登場した新人(しんじん)は、この新しい思想に驚き、乗り遅れてはいけないと感じました。そして新人たちは、日本の思想界も民本主義にしなければならないと叫んでいます。

愚かな新人たちよ、君たちが絶叫(ぜっきょう、ありったけの声を出して叫ぶこと)し宣伝(せんでん)するまでもなく、我が国が民本国家であることは明らかです。それどころか、我が国のみが民本国家と呼べるほど尊いことに、どうして気づかないのでしょうか。

そもそも、水のないところに水の問題が起こり、食べ物のないところに食(しょく)の問題が起こります。また、空腹のときにご飯を食べようという思想が起こり、いじめられたり、しいたげられたりしたときに、それに反抗しようという思想が起こるものです。

従って、腹が減ったときの食を求める思想は合理的(ごうりてき、道理にかなっていること)であり、しいたげられたときの反抗は実(じつ)に当たり前のことです。でもそれは、絶対(ぜったい)に正しいと言えることではなく、そうなる原因に照らしてみて、今はそれも必要だろうという程度(ていど)の正しさにすぎません。

食を求めるということは食べ物がないことを意味し、反抗するということは愛されておらず、大切にされていないことを証明(しょうめい)しているのです。

それと同じで、何かの思想があるということは、その思想が理想とする世界がないことを示しています。そのことに、素直に気づかねばなりません。共産主義が絶叫されているところには、共産主義の目指している世界はないのであり、民本主義を叫んでいる国民には、民本主義が与えられていないということになります。

ところが世間は、この道理が分からず、主義や思想が起こった本場(ほんば)には、それらが本当にあると思っている人がたくさんいます。それは、大変な誤解(ごかい、間違った理解)であり浅い考え方です。とても危険なことでもあります。

日本で民本主義が絶叫されないのは、国民が大事にされて、いつも満たされているからです。民本主義に飢える必要がないのです。これから、日本がどれほど立派な民本国家であるかを立証(りっしょう、証拠をあげて正しさを明らかにすること)していきましょう。

林英臣の補足:この本が書かれた大正時代頃に吉野作造という思想家がいて、デモクラシーを民本主義と解釈(かいしゃく)しました。デモクラシーの語源はディモス+クラティアです。ディモスは人民の、クラティアは制度であり、デモクラシーは国民のための制度といった意味になります。今日では、デモクラシーは民主主義と訳されており、民本主義という言葉は使われていません。(続く)