No.58 今から3年間、すべての税金をやめます!

2 神武天皇のご詔勅と民本主義

◆神武天皇は徹底した民本主義者

初代の天皇である神武天皇は、皇居(こうきょ)である橿原(かしはら)の宮を建立(こんりゅう)されるにあたって、ご詔勅(しょうちょく、天皇のお言葉)をお出しになりました。

「かりにも国民の利益になることをするのだから、聖人の政治に外(はず)れることがあろうか」と力強く断言されたのです。何という有り難い大御心(おおみこころ、天皇のお心)でしょうか。本当に、神武天皇は徹底した民本主義者であらせられたと言うしかありません。

3 歴代(れきだい)天皇と民本主義

◆仁徳天皇のご決断~今から3年間、すべての税金をやめます!

代々の天皇が、どれほど民本主義に基(もと)づいた政治をなさってきたか。それを書こうとすれば、その事実が多すぎて、述べる時間がいくらあっても足りません。でも、その中から代表的な例をあげてみましょう。

天皇は国民のことを「おほ(お)みたから」とお呼び下さいます。このことだけでも、世界に例がないくらい民本主義の国であることが分かります。

日本書紀の仁徳記に、次のように書かれています。

「仁徳4年の春、仁徳天皇(第16代)は家臣たちに言いました。

『私は高台に登って遠くまで見ました。すると、竈(かまど、ご飯を炊いたり、おかずを煮たりする施設)から煙が上がっていません。それは国民が貧しくて、家の中にご飯を炊く者がいないからです。

私は、次のようなことを聞いています。古代の聖王が治める世の中は、政治を誉める声が国民から上がり、どの家からも平安(へいあん)を喜ぶ歌が聞こえてくるとのこと。

私は天皇になってから3年が経(た)ちましたのに、誉める声は一向(いっこう)に聞こえてきません。それどころか、竈の煙はますます消えてしまうありさまです。五穀(ごこく、米や麦など)は実らず、国民が貧しくなっていることが分かりました。都に近いところがそうなのですから、遠い地方はなおさらでしょう。

そこで、今から3年間、すべての税金をやめます。そして、苦しい国民に休息を与えます』と。

仁徳天皇この日から、衣服や靴を、すり切れたり破れたりしなければ新たに作らせませんでした。ご飯や料理は、余り物を食べ、腐らなければ取り替えさせませんでした。望みを減らして節約(せつやく)を心がけ、静かに暮らされたのです。

また、皇居の垣根が崩れても修理せず、屋根が壊れても葺(ふ)き替えませんでした。風や雨が隙間(すきま)から入ってきて、衣服がぬれました。夜になると、屋根の穴から星明かりが漏れてきて床を照らしました。

その後(のち)、気候(きこう)が順調(じゅんちょう)となって雨にも恵まれ、五穀が豊に実りました。3年間で国民は富(と)んできました。政治を誉める声が増えてきて、竈の煙が盛んに上がるようになりました。