No.60 夜の寒さにも、国民を心配された後鳥羽天皇

仁徳天皇は、「君は国民が本」であり、「一人でも飢えたり凍(こご)えたりしていたら、ただちに反省(はんせい)」すると言われました。このご精神は、本当に民本主義そのものです。

そして、これは仁徳天皇お一人の御心(みこころ)ではありません。ご歴代(れきだい)の天皇が、祖先から受け継いだ日本国を守ろうとされ、国民を大御宝(おほ(お)みたから)と呼んで慈(いつく)しんで下さいました。

飛鳥時代の文武天皇(もんむてんのう、第42代)は、ご即位(そくい)の詔勅(しょうちょく、天皇のお言葉)で、次のように語られました。

「天の下(あめのした、世界のこと)に必要とされる物を調(ととの)え、平和な世の中をつくり、天の下の公民(おほ(お)みたから)が豊かに恵まれるよう努め、優しく撫(な)でるように慈しみます」。

また、大化の改新(たいかのかいしん)という大事業(だいじぎょう)を行った天智天皇(てんぢ(じ)てんのう、第38代)は、次のように述べられました。

「私は、いつも万人(ばんにん)のことを心配しては、心を痛めています。文を読むときも、言葉の端々(はしばし)に込(こ)められた、万人の苦しみを思うばかりです。天皇は国の父母です。どうして日本の国土に暮らす、我が子としての「おほ(お)みたから」を思わないことがありましょうか。皆さんも子として、両親の教えにそむくことがないよう心がけて下さい」。

天皇の民本主義のご精神は、天皇が詠まれた歌である御製(ぎょせい)に示されています。

後鳥羽(ごとば)天皇(第82代)御製

夜(よ)を寒(さむ)みねやのふすまのさゆるにも
 藁屋(わらや)の風を思ひ(い)こそやれ

(意味)夜の寒さで寝室の布団(ふとん)が冷えると、(国民が住んでいる)わらぶき屋根の粗末(そまつ)な家に吹く風が、どうしようもなく心配だ。

「ねや」…寝室、「ふすま」…布団、「さゆる」…冷える、
「藁屋」…わらぶき屋根の粗末な家

林英臣の補足:後鳥羽天皇は、武士に握られた実権を、朝廷側に取り戻そうとして兵を挙(あ)げます。これを承久の乱(じょうきゅうのらん、西暦1221年)と言います。政治が動揺する厳しい時代でしたが、天皇が国民を思う気持ちは、決して失われていませんでした。(続く)