No.61 上に立つ者ほど、無私の心で人々を思う

武士の勢力が各地で争い合い、60年近くにわたって朝廷が二つに分かれて対立した、南北朝(なんぼくちょう)という時代がありました。その南朝最初の天皇となったのが後醍醐天皇(ごだいごてんのう)です。とても大変な時代でしたが、天皇は国民を思いやる御製(ぎょせい)を詠(よ)まれました。

後醍醐天皇(第96代)御製

世(よ)治まり民(たみ)安(やす)かれと祈るこそ
 我身(わがみ)につきぬ思ひ(い)なりけり

(意味)世の中がよく治まり、国民が安らかに暮らせるよう祈ることが、私にとって尽(つ)きることのない思いなのだ。

次は孝明天皇の御製です。孝明天皇は明治天皇の御父君(おちちぎみ)です。

孝明天皇(第121代)御製

ぬば玉の夜すがら冬の寒さにも
 つれて思ふ(う)は国民(くにたみ)のこと

(意味)夜通し寒いときは、それに連れて国民の暮らしが思われてならない。

「夜すがら」…夜通し、「ぬば玉の」…ぬば玉は黒くて丸い草の実で、「黒」「夜」「髪」にかかる枕詞(まくらことば)

続いて、明治天皇の皇后である昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)の御歌(みうた)です(二首)。

昭憲皇太后御歌

あやにしきとり重ねても思ふ(う)かな
 さむさおほはん(おおわん)袖(そで)もなき身を

(意味)上等の着物を取り重ねているときも思えてならないことは、寒さを覆(おお)う袖もない人たちのことです。

「あやにしき」…綾錦・上等の着物

皇后は高貴なご身分ですから、上等の着物を重ね着されております。
でも、それを喜ぶことよりも、着る物がなくて寒さにふるえている国民がいることに心を痛めていらっしゃいます。

あさ夕のしばの烟(けむり)も立てかねて
 なげきこるらむ(ん)宿をこそ思へ(え)

(意味)貧しくて朝晩の薪(たきぎ)の烟も立てられず、酷(ひど)く嘆(なげ)いているであろう国民の暮らしが心配でならない。

「しば」…柴・たきぎ、「なげきこる」…嘆き凝る・酷く嘆くようす、「宿」…住居・暮らし

それから、昭和天皇の御父君である大正天皇の御製です。

大正天皇(第123代)御製

としとしにわが日の本のさかゆくも
 いそしむ民のあればなりけり

(意味)年々我が日本の国が栄えてきたのは、一心に働く国民がいるからだ。

国民を慈(いつく)しんで下さる御心(みこころ)を詠(よ)まれている御製や御歌は、数限(かずかぎ)りなくあります。ここに全部を紹介することは、とてもできません。我が皇室(こうしつ、天皇とそのご一族)は、日本国が肇(はじ)まって以来、民本主義を基本とされてきました。このことは、一点の疑いも差し挟(はさ)むことができないでしょう。

林英臣の補足:枕詞は、その言葉の前にそえて修飾(しゅうしょく)し、語調(ごちょう)を整えるための言葉です。「伊勢」にかかる枕詞は「神風(かみかぜ)の」、「大和(やまと)」にかかる枕詞は「敷島(しきしま)の」です。

上に立つ者ほど、無私(むし)の精神で人々の暮らしを思い、心を痛めてしまう。それが日本人の性格であり、最高のお手本が天皇陛下なのです。
(続く)