No.64 天皇の御心を我が心とする

こうして、我が国は神話の時代から、国民を大切にする民本主義を重んじてきました。歴代の天皇は、ことごとく民本主義であらせられたのです。

従って、我々国民も民本主義でありたいものです。武力や金力、権力などを使って、力で相手をねじ伏せる覇道(はどう)ではなく、大日本主義の皇道(こうどう)に立ちましょう。皇道は、中心者が皆を思いやる、民本主義で治めることを基本としています。

これを具体的に言いますと、一家の主(あるじ)ならば家族全体の幸福を念じて我が儘(わがまま)にならず、会社の社長ならば社員全体の幸福を願って自己中心的にならないことが大切です。お店の店長ならば店員を、学校の校長ならば教員や職員を、団体の長官ならば部下を、もっと思いやりましょう。上司は部下を、市町村長は市町村民を、総理大臣や各大臣は国民のことを第一に考えて、何か足りない点がないかどうかを常に省(かえり)みるのです。

明治天皇は、「昔の文書を見て、その素晴らしい政治を学ぶたびに思うのは、自分が治める国はどうであろうかということです」という御心(みこころ)をお示しになられました。この御心を、是非(ぜひ)とも我が心としたいものです。

そして、「太陽が照るときも曇るときも思うのは、我が国民の上には、どう照ったり曇ったりしているかです」という明治天皇のご精神に学びましょう。太陽の光が、我が社員の上には、我が家族の上には、我が部下たちの上には、どう届けられているかを察(さっ)するのです。

それから、「天津神よ、国民に罪があるならば、この私をお咎め下さい。国民は私が生んだ子ですから」という明治天皇の大御心(おおみこころ)を、しっかりと受け止めましょう。市民は皆(みな)我が子、店員は皆我が子、社員は皆我が子という気持ちを持つのです。

こうして我が国では、天皇の御心を我が心とすれば、決して誤(あやま)ることがないはずです。そこに、天皇政治の大使命を、一国民として果たしていく基本があります。また、世界に皇道を広げる意味があります。(続く)