No.73 国家を廃止すれば平和になるのか

次は愛国についてです。愛国も忠君と同じで、各国民が持っている自然な感情です。どの国民も自分の国のために結束し、一所懸命(いっしょけんめい)働いています。

新しい考え方を持っている「新人(しんじん)」と呼ばれる人たちの中には、国家を廃止し、世界全体を一つの国にしようと唱える者がいます。国際的な団体の中に、そういう運動があるようですが、それは大変間違った考え方です。

自然を見てください。空に輝く無数(むすう)の星は、それぞれ独立していながら、同時に統一されています。地球や火星、水星は、どれも一個の星であり、同時に太陽系に統一されております。それらの星々を一つにまとめて、もっと巨大な星にしたらどうなるでしょうか。それぞれの星の個性がなくなるだけでしょう。

果物の柿(かき)なら個々に実ることをやめ、段々(だんだん)進化し、数百キログラムほどまとめて実るようになったら楽になるでしょうか。柿は一個が数百グラムくらいだから、鳥や獣にとって食べやすいのです。栗(くり)も、一つのイガ(栗などを包んでいる棘の生えた皮のこと)の中に、何十個・何百個と入っていたら良いと思われそうですが、普通は数個入っているだけです。

あるいは、たくさんの木が集まって、直径(ちょっけい)数百メートルというような巨大な木になったら便利になるでしょうか。柿の木も栗の木も、一本一本が立派に育っているから、柿全体・栗全体が栄えることになるのです。

国家を廃止してしまおうという人たちに質問します。鈴木さんの家庭と佐藤さんの家庭が、それぞれ独立していると、お互いの交流と親睦(しんぼく)がなくなり、幸福が阻害(そがい)されて困るのでしょうか。それぞれの家庭を分解し、数軒の家族を一(ひと)まとめにして、区画(くかく)も区別もなく誰が親で誰が子か分からない状態にしたら、前よりも仲良く暮らせるようになるのでしょうか。それでは決してうまくいかないはずです。

考え方の近い数個の家族でも、なかなか温和に生活するのは難しいのに、民族が異なり言語が別で、文化も生活も気候風土も違うとなると、それらを無理矢理(むりやり)一つに混ぜ合わせてしまって、どうして世界国家というものが成り立つのでしょうか。空想的な平和論におちいることなく、まずそれぞれの民族や国民が自国の発展に励み、その上で国家同士が交流親睦するのが世界平和への道筋(みちすじ)のはずです。(続く)