No.75 大日本主義を、きちんと守る家庭や商店は栄える

3 大日本主義の処(ところ)のみ栄ゆ(大日本主義に立っているところだけが栄えていく)

支那(しな、チャイナと同じで中国のこと)に『書経』という古典(こてん、昔の古い本)があります。その中に、「凡(およ)そ物あれば則(のり)あり」と記されています。そもそも物があれば、そこには必ず法則(ほうそく)があるという意味です。

確(たし)かに、すべての存在は何らかの法則に従っています。存在するということ自体が法則の結果であり、存在は法則そのものと言えるでしょう。

太陽や月など天体(星のこと)の運行を見ても、生物が発育する状態を観察(かんさつ)しても、その他の物理や化学などの科学的現象においても、それぞれ一定(いってい)で変わることのない、しっかりした法則に支配(しはい)されています。

これらの法則は、一体(いったい)誰が作ったのでしょうか。立派な偉人や優れた学者が作ったわけではありません。それは、自然に存在する天地の大法(たいほう、おおきなきまり)なのです。

だから、何かが存在し生存(せいぞん、生きて存在していること)しているということは、この大法に順応(じゅんのう、相手(ここでは法則)に合わせて変化すること)している結果と言えます。もしも大法に反したら、少しも栄えることはありません。

こうして、日本人であることや日本に生きることに立ち位置を定めている大日本主義は、平和主義であり、太陽主義であり、中心主義であり、民本主義であり、君本主義でもあります。これらを総称(そうしょう、一(ひと)まとめにして表すこと)して大日本主義と呼んでいるのです。

要するに、天地自然の公道(こうどう、誰もが通ることのできる道)や大法にもとづいて、地上に皇道(こうどう、日本の和の道)を建設するのが大日本主義なのです。これをきちんと守る家庭や商店は栄え、会社も工場も市町村も、役所も軍隊も学校も、そして国家も充実し繁栄するでしょう。

しかし、大日本主義に反すれば、栄えることはできません。栄えたとしても、それは一時的な現象(げんしょう、形となって実際に現れること)であって、決して長期的に通用する「永久の真理(しんり)」ではありません。

私たち日本人は、このことに大きな確信(かくしん、しっかりと信じること)を持つと共に、すべての国々の向上と発展を念願(ねんがん)して、大日本主義が効果絶大(こうかぜつだい、ききめが限りなく大きいこと)であることを、休むことなく力説(りきせつ、力を込めて説くこと)する義務(ぎむ)があります。

部分に囚(とら)われている外国の主義に対して、「こういう考え方が日本に入ってきたら心配だ」と恐れていてはいけません。また、よく考えないで外国の主義に憧(あこが)れてしまい、まるで喉が渇(かわ)いているかのように欲しがるのもいけません。大日本主義を忘れている暇(ひま)なんて、どこにもないはずです。(続く)