No.77 人それぞれに人柄があり、国それぞれに国柄がある

「国体(こくたい)について」
国体は国柄(くにがら)とも言い、その国らしさを意味します。人それぞれに人柄(ひとがら)があるように、国には国柄があります。国体は、その国の成り立ちや、まとまり方のことでもあります。

世界中にたくさんの国々があることからから、国体にもいろいろな種類があります。細かく分ければ、国の数だけ国体が存在することになります。しかし、大別すれば次の種類に分けられます。これは、経済学者である田崎仁義(たざきじんぎ・まさよし)博士の説です。

1 皇道的国体(こうどうてきこくたい)
2 王道的国体(おうどうてきこくたい)
3 覇道的国体(はどうてきこうたい)
4 民道的国体(みんどうてきこくたい)

この分け方は、国のまとまり方の違いを、よく捉(とら)えていると思います。支那(しな、チャイナと同じで中国のこと)の堯(ぎょう)、舜(しゅん)、夏(か)、殷(いん)、周(しゅう)は王道的国体に属(ぞく)します。堯、舜、夏、殷、周、これらは支那の古い時代の国々です。

やがて周の国が乱れますと、5人の有力者が次々覇者となって、入れ替わりつつ権力を握った時代がありました。それを春秋五覇(しゅんじゅうごは)といいます。周の王は、すっかり権威を失いました。

この春秋五覇や、その後の戦国時代を終わらせた秦(しん)は覇道的国体に分類(ぶんるい)されます。秦を建国した始皇帝(しこうてい)は、法律と刑罰による厳しい政治を行いました。権力で人民を抑え付ける覇道的国体であったのです。

また西洋の王国や帝国も、武力で成立した実態(実際のようす)を見ますと、どれも覇道的国体であることが分かります。

それから、フランス共和国やアメリカ合衆国など、民主共和体制(みんしゅきょうわたいせい)の国々は民道的国体となります。

では、我が国はどうかというと、よくまとまった一体感の強い国柄は、まさに皇道的国体です。日本の国体と似ている例は、世界のどこにもないと言えます。

皇道的国体は、自然な成立を元にしています。古い「人のつながり」や、昔から続いているご先祖や神々への信仰(しんこう)を大切にしている、先天的(せんてんてき、もともとそうであること)で自然な国柄なのです。

これ以外の国体は、成立に何らかの意図(いと、ある方向に向けようという意識)が入っています。人が意識して行うことを人為(じんい)と言います。王道的国体・覇道的国体・民道的国体による国々は、いずれも後天的(こうてんてき、あとからそうなること)な人為国家と言えるでしょう。

それから田崎博士は、皇道的国体は自然に産出する水晶(すいしょう)であり、それ以外は人工的に作られた硝子(がらす)であると説明されましたが、本当にその通りです。

林英臣の補足:皇道的国体の基本精神は「忠」にあります。忠は中心に向かう心のことです。神代以来、天皇を中心に一体となってまとまってきた自然国家が日本です。

王道的国体の基本精神は「徳」にあります。王者の人徳(高い人格)で国家を統一させますが、徳がなくなれば革命(かくめい)が起きて亡びてしまいます。

覇道的国体の基本精神は「力」にあります。権力や武力、金力などを使って人民を抑え付け、周囲の国々に圧力をかけていきます。しかし、力で天下を取った者は、やがて力で倒されます。覇道の圧政によって苦しむのは、いつも人民です。

民道的国体の基本精神は「個(こ)」にあります。社会は一人ひとりの集合によって成立し、常に人民が政治の主役であるとし、個人主義や民主主義を考え方のもとにしています。この国体は、個人を重視(じゅうし)することから、個と全体のつながりを見忘れ、人々の絆(きづな)が薄くなるおそれがあります。(続く)