No.86 紀元~国の歴史を年数として数えることの尊さ

4 歴史的優越(れきしてきゆうえつ、日本は歴史が優れている)

我が国は、その位置する場所が優れているということを述べました。さらに、どの国と比べても歴史が優れています。

日本の歴史にも、皇室が身内(みうち)で争ったり、臣下の中に不忠(ふちゅう、忠義に外れていること)の人間が出てきたりしたことがありました。でも、それが試練(しれん)となり、必ず忠臣(ちゅうしん)が現れて皇位(こうい、天皇の位)が守られてきました。

そうして、日本の国柄(くにがら)を支えてきた国民の努力に、我が国の歴史の素晴らしさがあります。争いが起こって一時的に大変になっても、少しも日本の心を損ねるようなことはありませんでした。むしろ苦難(くなん)のたびに、民族精神(みんぞくせいしん)が美しく磨かれてきたと言っていいでしょう。

特に優れた点の一つとして、国の歴史を年数として数え始めた基点(きてん、もとになる時点)である「紀元(きげん)」の存在を挙げたいと思います。紀元の存在は、とても尊いことです。

西洋諸国の場合、キリスト誕生の年(もしくは誕生の翌年)を基点とし、それを西暦紀元(元年)として年数を数えています。これは宗教的な意味があるだけで、それぞれの国家や民族の歴史とは、まったく無関係です。

しかも、キリスト紀元を用いている諸国の人々が、みなキリスト教の信者であるかというと、必ずしもそうではありません。アメリカの場合も信者が減っていて、キリスト紀元を用いる意味が薄らいでいるようです。ロシアやシナでも同じようにキリスト教信者が減ってきており、国家的にほとんど意味がないのです。

では、どうして各国がキリスト紀元を使い、自国の「建国の紀元」を用いないのでしょうか。理由の第一は、多くの国家が反抗や革命によってできているので、自国の紀元を日常的に用いると、覇道の歴史を国民に思い起こさせてしまい、とても困ることになるのでしょう。日本紀元のように不変(ふへん)で安定している基点ではないので、定まっていて問題が起きにくいキリスト紀元を、仕方なく使っているというわけです。

林英臣の補足:我が国の紀元を「皇紀(こうき)」といいます。人皇(じんのう)初代・神武天皇(じんむてんのう)が即位された年を元年とし、平成28年(西暦2016年)の今年は皇紀2676年になります。

ところが、こういう疑問があります。今から2676年前というと、西暦では紀元前660年にあたる。その頃は、まだ縄文時代晩期だから鏡や剣などの金属器は使用されていないはず。権力が存在し、鏡や剣が使われる弥生時代に入っていなければ、神武天皇の伝説は成り立たないからおかしいという意見です。

これについて、近年の考古学の研究が、とても興味深い結果を出しています。国立歴史民俗博物館による最新科学による測定法(高精度炭素14年代測定法)がそれで、九州北部から出土した土器や木杭(ぼくくい)を調べたところ、教科書などに書かれている弥生時代の始まりの時期よりも500年近くさかのぼることになり、西暦紀元前800年前後という数値が出たそうです。

西暦紀元前800年頃となれば、神武天皇即位の西暦紀元前660年よりも古くなりますから、この疑問は解消(かいしょう)されることになります。(続く)