No.89 英国では、立派な人となって国家の役に立ちなさいと教えている

英国(えいこく、イギリス)の家庭では、母親が子供に「立派な人となって国家の役に立ちなさい」と教えるのだそうです。日本はどうかというと、ただ「偉くなれ」と教えるだけではないでしょうか。

英国人は、自己完成を国家社会に貢献する準備としております。ところが日本人は、単に有名になれば、それでいいと思っているようです。名前を売るためには、友人を利用して騙(だま)したりしようが、人を蹴落(けおと)として自分一人だけ抜け駆(が)けしようが、いちいち気にしたりしません。一日も早く偉くなって名前を売りたいだけなのです。

要(よう)するに、この頃の日本人は、個人主義の短所を取り入れたために、自己中心的な利己主義(りこしゅぎ)に陥っているのです。その結果、名前が知られて財産が増えることはあっても、真剣に国家社会に貢献(こうけん)することは、ほとんどありません。ただ一家(いっか、一つの家族)と子孫の、幸福と安定のみを願いとしている状態(じょうたい)なのです。

ここで、強く警告(けいこく)します。家族と子孫の繁栄しか考えず、世の中には何も貢献しなかった家が、はたして永く続いていくでしょうか。そういう例が、天下にどれだけあるでしょうか。

部分だけよければいいとする部分主義ではダメなのです。手主義もいい、足主義もいい、鼻主義も目主義もいいが、結局全身主義に融合(ゆうごう、とけ合って一つになること)統一されねば役に立たないことを知らねばなりません。

個人の自立を重んじる個人主義も、貧富の差をなくして平等な社会をつくろうとする社会主義も、どちらも国家が健全(けんぜん、正常に機能していること)であってこそ実現するものです。主義はいろいろあっていいのですが、大きく国家主義にまとまるべきだと言いたいのです。

日蓮宗(にちれんしゅう)という仏教宗派(ぶっきょうしゅうは)の開祖(かいそ)である日蓮は、国家が滅びてしまったら仏様(ほとけさま)のご利益(ごりやく、恵みや幸福)に何の意味があるだろうかと言われました。これは本当に大事な言葉です。

人がいなくて何のための天や地でしょうか。すべては人がいることで、その意味が現れてまいります。

そして、人は国家あってこその人です。国家の役割は、国民大衆の幸福と安全(あんぜん)を増進(ぞうしん、どんどん増やすこと)することにあります。だから人としても、この国家の役割にそって貢献していけば、最善であり最高の生き方ができるわけです。(ただし侵略的な覇道国家の場合は貢献してはなりません)。

すなわち国家への思いが希薄(きはく、うすいようす)になりますと、人の精神が退廃(たいはい、荒れてすたれること)することになります。とくに我が国では、国家のために生きることと自分を磨いて生きることが一致(いっち)しているから尚更(なおさら、いっそう、一段と)です。(続く)