No.90 一個の肉体に限られている、この小さな自分が自己なのか

2 自己実現の意義(じこじつげんのいぎ)

この頃、自己実現(じこじつげん)という言葉が頻繁(ひんぱん、しばしば・しきりに)に使用されています。自己実現とは、時間的にも空間的にも自分を大きくし、天から与えられた才能を生かしつつ、自分らしい成功をとげることです。

ところが多くの人が、この意味を間違って理解(りかい)しているようです。とくに教育を受けた若い人たちに、自己実現という言葉を誤って使用している場合がかなり見られます。誤解(ごかい)したまま自己実現を生き方の心得(こころえ)とし、進退(しんたい、進むか退くか)の基本としているとすれば、それはとても残念なことです。

自己実現の自己は、自分という一個の肉体に限られている小さな自己ではありません。自己とは「祖先から続いている命の先頭に位置すると同時に、子孫にとっては根元(こんげん)となる存在」のことです。

もしも先祖を忘れ子孫を無視し、それらと切り離された状態の一人ぼっちの個人を自己とするなら一体どうなるでしょうか。それは自己を否定し、命の尊さを汚(けが)し、破滅が待つのみの考え方となるでしょう。

時間の流れにたとえるならば、自己は現在、祖先は過去、子孫は未来です。現在は過去と未来がつながる時点(じてん)、つまり時間の流れの一点です。それは一瞬(いっしゅん)ですから、現在から過去と未来を取り去ってしまうと、もう何も残りません。

それと同じで、自分から先祖と子孫を取り去ってしまうと、何も存在していない状態になってしまいます。限りなく多くの先祖が集まっているのが自己であり、無限(むげん)の子孫へつながっていくのが自己なのですから。

また、空間的にも同じことが言えます。夫や妻、兄弟、友人など、誰もいない無人島にいるとしたら、やはり自己は否定され、存在は無意味となります。

林英臣の補足:人間は「人の間」と書きますから、やはり人と交(まじ)わってこそ人間です。