No.103 上に立つ人々が、世の中を悪くしている

6 社会悪の根源

社会の現状は、善でしょうか、それとも悪でしょうか。もちろん善であり美である部分もありますが、全体的に観て醜悪(しゅうあく)ではないかと思われます。精神生活は常に不安であり、物質生活においても絶えず脅かされています。これは、明らかに善美でない証拠です。

ならば、その醜悪の病根はどこにあるのでしょうか。それは、言うまでもなく人にあります。

そして、その病根となる「人」とは誰のことでしょうか。勤労の尊さを知らないまま働いている労働者なのか、国家を破壊しようとして暴れている血気盛んな青年たちなのか。あるいは、刑法上の罰を負っている極悪な罪人どもなのか。いやいや、決してそうではなく、世の中の上に立つ人々のことなのです。

家庭であれば、その退廃は主人に罪があります。学校が良くならないのは、校長に原因があります。会社の失敗は、その多くが社長や重役に責任があります。国家が悪くなる原因は政治にあるのですから、国民思想の退廃も、国民生活の窮乏も、ことごとく政治家や富豪、華族(かぞく)など上に立つ権力者たちの罪なのです。

彼らが対立の悪い見本となり、怠惰で堕落した生き方を導いてしまいました。たとえ善を為したとしても、それは針のように小さく、棒のような大きな悪には及びません。多くの国民が世の中を呪い、下剋上(げこくじょう)の反逆心を持つようになっています。それを導いたのは、あなたがた上に立つ人々ではありませんか。

学校で国民道徳を熱心に教えても、ほとんど効果がありません。社会教化に励む団体が、一心に全体の和親協力を唱えてもなかなか浸透しません。

その原因は、議会における議員たちの低級な罵(ののし)り合いにあります。政治の本質は闘争にあり、罵倒(ばとう)や暴言、汚い野次(やじ)が飛び交うのも公明な政争の姿であると思い違いをし、醜悪(しゅうあく)な泥仕合を繰り広げています。はたまた、野合的な連合によって、意味のない離合集散を繰り返しています。

そういう政治家たちの権力闘争の悪念が、学校や団体の努力をすべて消し去ってしまうのです。それが村落の思想をも支配しているのですから、到底(とうてい)理想郷ができるような気配は見られるわけがありません。(続く)