No.104 ある県庁で目撃した異様な光景…

◆下の人たちは魂を失い、熱意を捧げる対象が分からなくなる

明治天皇は、国家というものは国民精神が剛健でなければ興隆しないと断言されました。その大御心に反して、だらしのない贅沢(ぜいたく)な暮らしにふけっているのは誰でしょうか。それは上に立つ者たちです。

上に立つ者が傲慢(ごうまん)になり、部下や使用人を、まるで部品のように見て奴隷(どれい)扱いをし、少しも愛情を持たなければ、下の人たちは魂を失っていきます。熱意を捧げる対象が分からなくなるからです。

その結果、利己主義が起こって自分のことしか考えなくなり、ただ権利を主張する人々が増え、対立闘争の世の中に到ることは必然です。『論語』に「君、臣を使うに礼を以てすれば、則ち臣、君に事(つか)うるに忠を以てす」(八いつ第三)とあります。上司が部下を使うのに丁寧(ていねい)であれば、部下が上司に仕えるのに忠実になるというのは、本当にその通りです。

親亀が子亀に「おまえは、なぜ真っ直ぐ歩かないのか」と注意したら、子亀は「お父さんこそ、まっすぐ歩いて見せてください」と答えたという寓話(ぐうわ)があります。上に立つ者が国民に大切なことを指示するときも、まず黙ってお手本を見せなければなりません。

大正12年11月、私は九州のある県庁にまいりました。ちょうどそのとき、御詔書(ごしょうしょ、天皇陛下が発する最高の文書)が発布されたところであり、上級の役人たちが集まって「どうやって、この文書を県民に伝えるか」を議題として話し合っていました。私はそれを目撃しましたが、本当に異様(いよう)な感じがしたのです。

そこに集まっている者たちは、「この詔書は県民に下されたものであるから、我々役人は、ただそれを県民に伝達すればいいのである」というふうにしか思っていなかったのです。それは市町村の当局も同じで、「どうやって、この文書を市町村民に伝えるか」しか頭にありません。

そして、その市町村民に最近の悪い思想が入ってきているので、怠け者がいて困るなどと不平を言っています。自分たちのことは差し置いて、他人事(ひとごと)のように思っている有り様(ありさま)です。

こうして結局、誰一人として御詔書を心から戴(いただ)く者がいなくなってしまうのです。これは何という失礼な態度でしょうか。要するに、今の時代に上に立っているのは、ほとんどその責任の重大さを理解していない者たちばかりなのです。(続く)