その2 幕末志士を育てた知情意の学問

幕末志士の生き様を調べていくうちに、彼らを育てた教育が何だったのかを見極めたくなった。一体、何を学んで志士人物になったのかと。

幕末志士の学問は、朱子学や陽明学、素行学などの儒学、武士道、国学や神道、和歌の道、さらに蘭学や洋学に及んでいた。一流の志士ならば、濃淡の濃さこそあれ、これらを一通り学んでいた。

そのことを知り「待てよ」と思った。人間教育に知情意のバランスが欠かせないというが、志士たちが身に付けたこれらの学問こそ、知情意に添った内容ではなかったのかと気付いたのだ。そして、次のように考えがまとまった。

「知」の学問は、見識を広めるためのもので、志士たちにとってそれは蘭学・洋学だった。いわゆる西洋学であり、その進んだ科学技術の巧みさを知ることで、世界に目を見開くことが出来た。

「情」の学問は、日本人としての感性を養成するためのもので、志士たちにとってそれは国学・神道だった。いわゆる日本学であり、民族の心情を深め、日本人としての感性と誇りを養うことが出来た。

「意」の学問は、俊英・傑物としての意志を固めるためのもので、志士たちにとってそれは儒学や武士道だった。いわゆる武士の学問であり、その高潔な人格を育てる学びによって、覚悟と本氣を定めることが出来た。

こうして、知情意のバランスが取れていたから、勝海舟や坂本龍馬、西郷隆盛や橋本左内らが育ったというわけである。では、これを現代に置き換えたら一体何になるのだろう。それらが確立すれば、きっと21世紀の志士人物が自ずと育つに違いないが、そういうものがあるのだろうかと考えた。

やがて、次のように置き換えることになった。21世紀の「知」は文明論(文明法則史学)、「情」は大和言葉の日本学、「意」はやはり東洋思想や武士道なりと。