その9 大混乱を救うカギが東洋にあるというインスピレーション

ちょっと不思議な話をします。独自の世界平和の祈りを始めてから3年が経ち、小学校6年生になった頃から、いわゆる霊感が働くようになりました。信じ難いことでしょうが、あらかじめ次に起こることが分かるのです。予知するのは日常のどうでもいいことながら、とにかく意識に浮かんだことが現実化し、「何で分かるのだろうか」と自分でも驚きました。

あるいは、相手の心が読めてしまい、こちらは全然知らなかったことなのにスラスラ答えることが出来たり、相手の言おうとすることが先に分かってしまい、質問される前に答を言ったりすることが時々起こりました。

中学2年生のときのこと、7~8人の後輩を前に、彼らがどこに住んでいるかを全て言い当てたことがあります。学区は大変広く、十数町が集まっています。その後輩たちは知らない子ばかりなのに、顔を見た瞬間、パッと町名が浮かぶのでした。

そういう自分の経験から、テレパシーや霊感と呼ばれる現象は実在すると信じています。でも、そういう能力は、決して気持ちの良いものではありません。霊感が働いて何かが分かるときは、たいてい直前にモヤモヤした気分になるからです。特に嫌だったのは、知りたくないことが見えてしまうときです。目の前にいる人の、生命力の度合いまで分かってしまうことなどは、とても辛いことでした。

やがて、そのモヤモヤ感が消えるときがきました。17歳の高校2年生のある日、「21世紀は人類にとって大変な時代になる。しかし大混乱を救うカギが東洋にある。お前は東洋を学べ」というインスピレーションがストンと入ってきました。自分の天命を覚ったのです。

それ以来、日常の些末(さまつ)なことに対する霊感は働かなくなりました。モヤモヤ感が消え、とてもスッキリした気分になったのを記憶しています。小学6年生くらいから現れていた霊感は、きっと天命を覚るために必要な準備だったのだろうと思っています。

この霊感や直観、第六感などと呼ばれる感覚も、綜學の感性の中に含まれます。必ずしも特殊な能力というわけではなく、あらゆる分野のプロや専門家が修練によって身に付けている能力です。これらの感覚は、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を研ぎ澄ますことによって磨かれるのですが、その説明も各論で述べることにします。(続く)