その13 俺は、お前よりもお前のことを考えている!

ヨガ修道場で「5分後に全員を集めよ!」という指示を受けた体験談ですが、沖先生は道場内の状況を知らなかったのではありません。ちゃんと把握された上で、教育的に無理難題を投げ掛けてくれたのです。「もうそろそろ、これくらいなら出来るだろう」という師匠の読みがあったようです。そういうことは大抵、後になって分かるものですが…。

それは「火事場の馬鹿力」を体験させるためでした。火事になって尻に火が付けば、自分でも驚くほどの力が出てきます。火に巻かれて死ぬかも知れないという危機の中にいて、「これを終えてから」、「あれを片付けてから」などと悠長なことを言ってはいられません。当然のことながら、作業の速さも断然違ってきます。

この特別な力を日常的に奮い起こさせるところに、沖先生の教育方針があったのでした。人間には眠っている力があり、それを出せば人間はもっと活躍出来るはずなのだと。

どんな分野であれ、昔の修行には、現在の常識からすれば理不尽なところがありました。沖ヨガ修道場も、例に漏れず厳しかったです。鉄拳は普通であり、私はしばしば竹刀で叩かれました。沖先生による受講生への指導の際、私がお手本を務めるときがありましたが、要領を得なくてモタモタしていると必ずビシッとやられます。「この役立たずめ!」と怒鳴られ、顔面を激しく蹴られたときもありました。

それから、1メートルくらいの至近距離から湯飲み茶碗を投げつけられました。そのときも怒られている最中であり、修行によって私の勘は相応に冴えていましたから、もうじき先生は湯飲み茶碗を投げるな、茶碗は眉間に向かって来るな、などと予想が付きました。茶碗はかなりのスピードで飛んできましたが、私にはコマ送りのスローモーションのように見えました。それで手でひょいと受け流し、難を避けることが出来たのでした。

「俺はな、お前よりもお前のことを考えているんだぞ」。これは、沖先生が時々弟子に語っていた言葉です。あなたが自分のことを考えている以上に、私はあなたのことを考えているのですよ、という意味ですが、最初に聞いたときは殆ど実感が湧きませんでした。でも、確かにそうだったんだなということを、後になってしみじみと感じました。(続く)