その17 君の人生には種があるのか?

では、原点・大局・本氣・徹底について、それぞれ解説してまいりましょう。

最初に「原点の確立」についてです。原点とは「人生の種であり、あらゆる成長の元になる」ものです。その「種」は「何のため誰のために生きるのか」という「素志」でもあります。

素志は、まだ明確な立志には至っていないものの、心の中にモヤモヤと湧き起こってくる「素朴な意志」のことです。松下政経塾「五誓」の最初に「素志貫徹の事」とあり、松下幸之助塾長が行動の元になる素志、即ち原点を重視していたことが分かります。君の人生には種があるのかと。

原点が、なぜ大切なのでしょうか。原点が曖昧(あいまい)なままだと、どうしても行動にブレが出て一貫性に乏しくなります。成果を焦って浮き足立ち、俺が俺がと背伸びをし、早く世に出たい、人より先に成功したいといった功名心に走ることにもなります。そうならないためには、力まないで肩の力を抜き、もっと内なる声に耳を傾けねばなりません。自分ゆえの原点を、しっかり見出して欲しいのです。

人生の種である原点は、人それぞれ違います。誰でも子供の頃の体験として、誉められて嬉しかったこと、反対に怒られて悔しかったこと、上手くいかなくて辛かったこと、悲しくて泣いたこと、何かを見て感激したことや、可哀想で放っておけないと感じたことなどがあります。そうした体験の中に、自分の原点が存在している可能性があります。

それから、祖父母や親から教えられたこと、学校や塾で先生から学んだこと、本を読んで感動したこと、親しい友達から受けた影響なども原点となり得ます。あるいは、生まれた国や育った土地、先祖に立派な人物がいるということの誇り、幼い頃から親の側(そば)で見たり手伝ったりしてきた家業などが、自分にとって大切な原点となっているかも知れません。

それらが、やがて深い意識を形成していって種(原点)となれば、あるときは「重要な決断や判断」の元となり、またあるときは苦しさやスランプを乗り越えていく根源力ともなります。

ちょっとした困難で簡単に止(や)めてしまったり、少し不都合になるとすぐに逃げ出したりするのは、結局のところ立志の元になる原点が微弱だからです。同じものを見ながら、ある人は無反応なのに自分はビンビン響いた、仲間と一緒に似たような苦労を体験しながら、ある人は意気消沈して去っていったのに、むしろ自分はその苦難をバネにして後で大成した、などという違いが起こるのは全て原点力の差というわけです。(続く)