その18 真心の仁、筋を通す義、これらをキーワードに自己観察してみよう!

人生の種である原点を探す際に、考慮して欲しいキーワードがあります。それは、真心や愛情の「仁」と、正しいことに筋を通す「義」です。

仁は「イ(にんべん)」と「二」が組み合わさった漢字(会意文字)で、人が二人いることを表しています。その二人は、見知らぬ誰かと誰かという観念ではありません。頭の中だけでイメージする観念では、単なる空想になってしまいます。一体誰のことか分からず、行動につながる意志はなかなか芽生えません。

仁が示す二人は、一人は自分、もう一人は実在する相手を想定するべきです。そうすれば、思考が具体化します。今自分は、目の前の相手に対して何をして差し上げられるか、どうやって自分を生かせば相手の役に立てるかなど、現実を基準に考えることになるからです。

それから、義は「羊」と「我」を組み合わせた漢字です。上半分は、羊の性格が穏和で群れをなして整然と進むことから、整っていたり筋が通っていたりすることを表しています。「善」や「美」も同じ例です。

正義、大義、義憤、義士、義人、これらの熟語から、義の意味がよく分かると思います。正しいことに筋を通すのが正義、大きい道理が大義、正義に照らして憤るのが義憤、義に生きる志士が義士、義を通す人物が義人です。

義の下半分の「我」は、ガ→ギという発音を示しています。半分が意味、半分が読み(発音)となっており、こういう漢字を形声文字といいます。

仁や義の意味が分かったら、仁や義をキーワードに自己観察してみましょう。自分は何に対して、どういうときに、仁や義の意識が生ずるのかを考察するのです。

そして、なぜ仁や義の感情が発生したのかについて、その原因を掘り下げて行きましょう。ある事柄に対して仁や義が生じた理由を、自分の生い立ちや、これまでの学習・体験に照らしながら考えてみて下さい。そうやって内省する内に、次第に自分の原点が観えてくるはずです。

知識ばかりが学問ではありません。仁や義によるところの自己形成にこそ、学問価値が存在します。どんな真心(仁)で、何を正義として生きていくのか。そういう人生の下地となるものを素養といいます。素養が無いと、どうしても人間が浮ついて軽くなります。東洋思想は知情意の「意」を養う学問として、本氣の立志に必須となりますが、同時に原点(種)を確立する上でも重要な学びなのです。(続く)