その22 ちょっと待ったぁ! そのケンカ、俺が預かったぁ!

次に、原点・大局・本氣・徹底、略して「原大本徹」の大局について述べます。大局は「人生の大木」の「根」にあたります。根はセンサーとも言え、根の届いているところまで「我が事」の範囲と広がります。根に触れることに対して、放っておけない、見捨てるわけにはいかないという意識が起こることになるのです。

会社の経営者なら、会社に起こった出来事は我が事です。学校をまとめる校長なら、我が校の生徒に関わる事全部が我が事です。もしも良い事があれば自分の事として喜びますし、問題が発生すれば自分の責任であると感じて何とかしようとします。

要は、どこまで我が事と思えるかです。それが広がるほど、人間が大きくなります。大局をしっかり観察し、器量を大きく養い、小さな私心を超え、大きな正義である大義に立ちましょう。そして、その包容力で同志や仲間を包んでいけば、何事もきっと上手くいきます。

ケンカや揉め事が起きたようなときも、対立する両者をまとめることが出来るのは、大局的に問題を捉えられる人物です。お祭りなどで町同士のケンカが生じた際、「ちょっと待ったぁ! そのケンカ、俺が預かったぁ!」と仲裁に入る人が、昔は必ずいたものです。その人が間に入れば、両者は矛(ほこ)を収めざるを得ないという、人物の大きさがあったのです。

ケンカは、勝つことよりも収めさせることのほうが大変です。下手をすれば、ケンカしている両者から怨まれたり、酷ければ攻撃を受けて怪我をしたりすることもあります。余程の覚悟と強さ、大局に立った器量、それらによる人望がなければ務まらない役目と言えます。

◇日本を今一度洗濯して、新しい国を創りたいという原点◇

対立する両者をまとめた例を述べます。幕末の志士として有名な坂本龍馬は、犬猿の仲と言われるほど仲違いしていた薩摩藩と長州藩を同盟させました。両藩が肩を組めば幕府を倒す勢力を起こせるのですが、薩摩藩と長州藩は京都の主導権を巡って相争っていました。だから同盟は不可能と思われていました。そこに坂本龍馬が現れて懇ろに周旋し、大局に立って両者を説き伏せることで、手を結ばせることが出来たのです。

それから、幕末から明治にかけて活躍した西郷隆盛は、人物がとても大きかったことから大西郷と呼ばれました。江戸を攻撃する新政府軍の、事実上の総大将だった西郷は、幕府軍をまとめる勝海舟と会談し、大局に立って江戸城無血開城を受け入れました。江戸が火の海と化すことを防いだのです。

大局は、種である原点から伸び広がったものでないと本物にはなりません。龍馬には、日本を今一度洗濯して、新しい国を創りたいという原点がありました。龍馬が持つ、幕府も薩長も超えた「世界の日本」という大局観は、その原点から広がったものでした。また西郷には、生活に苦しむ人々を救いたいという原点がありました。多くの江戸町民が救われたのは、西郷の慈悲深い原点から導き出された大局的判断であったのです。

私たちが人を見るとき、どうしても目に見える部分に囚われてしまいます。より重要なのは、目に見えない地下にある種(原点)と根(大局)です。種と根がしっかりしていてこそ、地上の幹が立派にそびえ立ち、枝葉が豊かに繁茂することになるのです。(続く)