その35 はじめの思いが大事~最初に無いものは最後まで無い

◆吉田松陰による原点認識の教育

続いて、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎、野村靖ら、多くの志士を育てた吉田松陰の「教育の原大本徹」について述べます。

松陰は「人は初一念が大事」であると諭しました。初一念というのは、事を起こすにあたっての「はじめの思い」のことです。何のため、誰のため、なぜ始めたのかという人生の出発点、すなわち原点に他なりません。

はじめの思いが、単に偉くなるため、儲けるためというのでは将来が知れています。出世と保身のためなら何でもやり、金のためなら簡単に人を騙し、平気で悪事を働くという、道に外れた人生となる可能性が高いでしょう。

筆者は、弟子たちに「最初に無いものは最後まで無い」と教えてきました。最初に持つべき初一念がとても大事であり、最初の段階で志や天命、理念や目的が魂に植え付けられていないと、それらの大切な事柄が抜けたまま、ずるずる最後まで行ってしまうというわけです。

松陰は、この「原点認識の教育」において、日本人としての原点と、武士としての原点と、長州人としての原点を、それぞれ教えました。

日本人としての原点は、日本をよく知り、日本を守る意義を見出すために必要なものです。

チャイナでは、自国を「中華」や「中国」と唱えます。中華は真ん中にある華(はな)、中国は中心の国という意味です。中央以外の周辺は、全て野蛮な人間が住む「文化の外側の地(化外の地)」であると蔑み、北は北狄(ほくてき)、南は南蛮(なんばん)、東は東夷(とうい)、西は西戎(せいじゅう)と呼びました。これらの言葉が、チャイナのナショナリズムをよく示しています。

これに対して、江戸時代初期の大学者であった山鹿素行は、日本こそ中心の国であるとし、我が国を「中朝(ちゅうちょう)」と呼びました。中朝の中は中心、朝は日本を示し(本朝)、我が国こそ世界の中心たる尊厳を持った国であると称えたのです。

その理由は、チャイナが革命の連続による断絶の国であるのに対し、日本は神代以来中心(皇位)が続く連続の国であるというところにあります。王朝が繰り返し交代するチャイナでは「天下は一人(いちにん)の天下にあらず」となって覇を競いますが、我が国では「天下は一人の天下なり」となって和を尊びます。そういう日本の素晴らしい国柄を、山鹿素行と、その思想を受け継いだ吉田松陰が教えたのです。

それから、武士としての原点を確立させることで、天下国家のために命を賭けようとする人生観を養わせました。吉田松陰は、自分のことは日本のことであり、日本のことは自分のことであるという人生観を自ら持ち、それを塾生たちに身をもって示したのです。天下が我が事なのですから、常に日本の将来が心配でなりません。世界情勢に翻弄され、既得権益を守ろうとする幕府の政治に我慢ならなかったのは当然でしょう。

また、長州人としての原点では、歴史の教本として頼山陽の『日本外史』を用いた際、「我々は長州人である。まず、毛利のところから始めよう」と述べています。『日本外史』は武家の歴史書であり、源平の歴史から説かれています。その最初の頁は飛ばし、長州の原点である毛利の頁から学ぼうと唱えたのです。これは何でもないことのように思うかも知れませんが、長州人としての自覚と誇りを促す原点認識の教育として、とても重要であったのです。(続く)