その38 在野の者たちよ、志士となって立ち上がれ!

◆吉田松陰による徹底した啓蒙努力

松陰は、そこに人がいるなら、場所を選ばず持論を述べました。それは、牢獄の中でも、護送の途中でも徹底されました。野山獄では、同囚の人たちと孟子の輪講会を起こし、解説を加えて啓蒙に努めました。護送の途中では、付き添い役人に話し掛け、憂国の想いを熱心に伝えました。野山獄では獄舎の役人が、護送のときは監視の役人たちが、いつの間にか弟子同然になってしまったのですから凄いことです。

松陰は、その時・その場で出来る事に励んだのです。講義の出来る条件が整ってから話そうというのではなく、訴えるべきことがあるなら、今目の前にいる人に伝えようという徹底ぶりです。この「今出来る事をやるかどうか」というところに、将来の発展がかかっていると言えましょう。

そうして、後に続く志士たちが育ちました。松陰は「天下の士を萩下に招集せよ」(『講孟剳記』)と述べて、草莽崛起(そうもうくっき)の人財を発掘します。「莽」には草深い様子、「崛」にはそばだつという意味があります。草莽崛起の言葉に「在野の者たちよ、志士となって立ち上がれ!」という願いが込められていたのです。

吉田松陰をはじめ、幕末の志士たちには共通の原大本徹があります。原点には、武士道が教える天下国家を担おうという公の精神と、祖国が危ないという危機感がありました。大局には、幕府や藩を超えて、日本を我が事と思う識見の広さがありました。本氣には、討幕と新政府の樹立へ向かう大志がありました。徹底には、(残念ながら頓挫したものの)橋本左内らによる見事な雄藩連合構想や、坂本龍馬らが周旋した薩長同盟、同じく龍馬が練ったという「戦中八策」などが見られました。(続く)