その39 水準点をお墓と間違え、お線香を上げて祈る

高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤博文ら松下村塾の塾生たちは、師の吉田松陰から日本の将来を託されて志士となりました。筆者はどうかと言うと、「大和言葉の日本学」の師匠である河戸博詞先生、文明法則史学の師匠である村山節先生、そして松下政経塾の創立者である松下幸之助塾長から後を託されて、「東洋・日本思想家」としての志士になりました。

原大本徹の例の最後として、筆者のそれをご紹介します。毎年修正を加えておりまして、平成29年9月20日に見直したものを元に、分かり易いよう加筆して述べてまいります。

◆林英臣の原点

【深層の原点1】先にも触れましたが、筆者は鍼(はり)治療や灸(きゅう)治療、指圧治療などの東洋医学の資格を持っています。その原点に祖母の影響がありました。祖母は、自分が罹った病気について知りたくて医学の図鑑を購入します。その中に「人体と保健」という少年向けの図鑑があり、小学校就学前の私は、絵本代わりに毎日その図鑑を眺め、祖母に読んで貰っていました。

その影響で人体の仕組みや医療に関する興味が生まれ、そこへ高校2年生のときに受けた「東洋を学べ」というインスピレーションが重なって、東洋医学の道へ進むことになったのです。つまり、祖母とインスピレーションの2つが、東洋医学へ進む原点となったというわけです。

【深層の原点2】小学校1年生のとき、神社境内の水準点をお墓と間違えて祈ったことがあります。学校からの帰り、時々神社の境内を通っていましたが、あるとき境内の草刈りが終わったばかりのため、それまで草に覆われて見えなかった水準点が露わになっていました。私はそれを見て、お墓と勘違いしたのです。

「ここまで埋まるのだから相当昔の人の墓に違いない。もう拝む人はいないのだろう。ならば気付いた自分にお祈りする責任がある」と思い、早速自宅に戻ってから仏壇にあるお線香を持ち出し、庭にあった花を摘み、それらを“お墓”に上げて「どなたのお墓か分かりませんが、どうか安らかに眠って下さい」などとお祈りしました。

私は、始めた以上、ずっと続けるつもりでいました。すると、一週間くらい経った頃、合掌している私の隣に5年生か6年生くらいの上級生がやって来ました。そして、「何しているの?」と声を掛けられました。「僕はお墓に拝んでいます」と答えたら、「おまえはバカだなあ。それは水準点という地面の高さを示すもので、お墓なんかじゃないぞ」と教えてくれたのです。私は恥ずかしいと感じることよりも、「なんだ、お墓じゃなかったんだ。それなら、もう拝まなくていいんだ」と思ってホッとしたことを記憶しています。

この「祈り心」が、深層の原点となりました。町内で3番目に自家用車を買った父が、日曜日毎にドライブに連れて行ってくれ、目的地に神社仏閣が多かったことも「祈り心」を養ってくれたに違いありません。また、大本家が代々社家(栃木県佐野市の人丸神社宮司)であることも重要な深層の原点でした。

【深層の原点 その他】これも先に述べていますが、小学3年生から世界平和の祈りを始めたことも深層の原点です。「キリスト様、お釈迦様、マホメット様、どうか世界から戦争が無くなり、人々が幸せに暮らせますように」というお祈りです。

それから、高校に入学し初めて図書室に入った日に、中国思想全集の背表紙からビンビンとエネルギーを感じた体験も深層の原点です。『易教』『詩経』『書経』『春秋』『大学』『中庸』『論語』『孟子』『荀子』『韓非子』『墨子』『老子』『荘子』『孫子』『呉子』などの書名が光り輝いて見えたのでした。(続く)